子宮頚がん予防ワクチンの積極的勧奨の停止について

①厚労省は子宮頚がん予防ワクチン(サーバリックス、ガーダシル)の積極的勧奨を停止しました

 サーバリックスグラクソ・スミスクライン社(GS
K)は2009年10月16日に製造販売承認を受け、2009年12月22日より使用が始まった、子宮頸がん予防ワクチンです。一方、ガーダシル(MSD)は2011年7月1日に製造販売承認を受け、2011年8月26日より使用できるようになった、もう一つの子宮頚がん予防ワクチンです。

 この二つのワクチンは、子宮頚がんの発病を防ぎます。2013年4月1日より、定期接種になり、十分な補償のもとで、無料で接種できることになりました。子宮頚がんと日々戦っている、患者さんや産婦人科の先生たちにとって、どれだけこの日を待ち望んだことでしょう。

 ところが厚労省は2013年6月14日、唐突に子宮頚がん予防ワクチンの積極的な勧奨を中止する、と発表しました。
 その理由は、「平成25年度第2回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、平成25年度第2回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会」の会議で、「ワクチンとの因果関係を否定できない持続的な疼痛が、ヒトパピローマウイルス様粒子ワクチン接種後に特異的に見られたことから、同副反応の発生頻度等がより明らかになり、国民に適切な情報提供ができるまでの間、定期接種を積極的に勧奨すべきではない」という意見が、一人も産婦人科医のいない(したがって一人も子宮頚がんを治療したことのない)たった5人の委員の多数決で、しかも賛成3と反対2というきわどい票差で決まったから、ということだったのです。

 
子宮頚がん予防ワクチンが副作用が強いから、ワクチン接種が中止になったわけではありません。子宮頚がん予防ワクチン接種後に起こった「慢性的な痛み」が、ワクチンと本当に関係あるのか、また起こるとするとその頻度がどのくらいあるのか、調査するために、その結果が出るまでしばらく接種を控える、というのです。

 子宮頚がんの撲滅のために、検診とワクチン接種に日々献身的に取り組んできた現場の医療関係者やボランチィアの失望は大きいものでした(「子宮頚がん制圧を目指す専門家会議」の声明はこちら)。

②そもそも子宮頸がんはどんな病気でしょうか


 まず、そもそも子宮頸がんとはどんな病気でしょうか。

 子宮頸がんはわが国では年間 約15000人の女性が発病し、2700人の方が亡くなっている、女性のがんでは乳がんに次いで、2番目に多い、恐ろしい病気です。しかも死亡はまぬがれても、進行すれば子宮を摘出しなければならないという、女性にとって耐え難い治療が必要になります。命は助かったが、子どもが生めなくなった。赤ちゃんは助かったが、ママが亡くなった。というような悲劇が後を絶たない、悲惨な病気なのです。そのため、このがんは「マザーキラー」とも呼ばれているのです。

 先生から、「あなたは子宮がんです」と宣告された時の衝撃をお考えください。あなたはかなりの確率で死ぬか、子どもが産めなくなる、と覚悟しなければならないのです。子宮頚がんと闘病されている患者さんたちの、胸を打つドキュメントをご覧になってください(→子宮頚がんの患者さんたちのブログ)。

ある、子宮頚がんの患者さんのブログです。女ですもの  子宮頚がん扁平上皮型
 
  
しかし、HPV感染の大半は2年以内に自然消失
  しかし、約10%の人では感染が長期化 (持続感染化)
  さらにそのHPVが持続感染化した中でも子宮頸がんに進行するのはごく一部(感染者の1%以下)
  と言われています。

  HPV感染しても99%のヒトは子宮頸がんに進行しないんですよね。

  ということは、結局、病気は自分自身の体が作ったのです。
  怒り・悲しみの矛先はどこ?

  80%の女性が感染するというHPV?
  それとも、その中でもがん化する1%に入ってしまったあなた自身の免疫力?
                                                      (以下略)


③子宮頚がん予防ワクチンの働きについて

 
子宮頚がん予防ワクチンは人工的な遺伝子組み換え技術によって、ヒトパピローマウイルス(HPV)の殻のたんぱく質のみを増殖させて、殻だけの”にせウイルス”(=ウイルス様粒子(virus-like particle:VLP)を作ったものです。みかけはヒトパピローマウイルス(HPV)にそっくりですが、中身がありません。したがって、感染することもありません。
 
 また、効果を高めるためにサーバリックスにはAS04というアジュバンドが添加されています。そもそもアジュバンドというものは、抗原認識細胞の抗原を認識する能力を高める物質(予防接種の強さを高める物質)のことです。AS04には、アルミニウム塩とモノホスホリルリピッド(MPL)が含まれ、ワクチンを接種した場所に抗原を長くとどめたり、抗原認識細胞を刺激し活性化を高めたりして、少ない抗原量で免疫を高める働きがあります。

 アジュバンドについて、何かおどろおどろしいもののごとく攻撃する意見も一部にありますが、ワクチンの効果を高めるために、多くのワクチンに添加されており、その結果病原体の成分の量を減らし、ワクチンの効果を安定化させているのです。子宮頚がん予防ワクチンのアジュバンドだからといって特に問題はありません。

④子宮頚がん予防ワクチンの副反応は異常に多いか。世界的にみて子宮頚がん予防ワクチンは危険なワクチンと評価されているのか。

 現在までに子宮頚がん予防ワクチンは、1億7千万回以上も、100カ国以上で接種が行われていますが、副作用が危険だと言って、子宮頚がん予防ワクチンが中止になった国はありません。

 積極的勧奨が厚労省によって停止される前日、2013年6月13日に、世界保健機関(WHO)の「ワクチンの安全性のための諮問委員会」(Global Advisory Committee on Vaccine Safety )は、子宮頚がん予防ワクチンは安全だと声明を出しています。そして、その中で今回の日本の子宮頚がん予防ワクチンについても触れています。(→原文はこちら 。日本語訳はこちら

 このうち我が国と関係のありそうな部分を、特に引用します。

GACVS Safety update on HPV Vaccines       Geneva, 13 June 2013

前文略

Finally, cases of complex regional pain syndrome (CPRS) were reported from Japan where over 8 million doses of HPV vaccines have been distributed. CPRS is a painful condition that emerges in a limb usually following trauma. Cases have been reported following injury or surgical procedures. It remains of unknown etiology and may occur in the absence of any documented injury. CPRS following HPV vaccines has received media attention in Japan with 5 reported cases most of which seem not compatible with typical CPRS cases. Review by an expert advisory committee could not ascertain a causal relationship to vaccination given lack of sufficient case information and in many cases could not reach a definitive diagnosis. While these are under investigation, Japan has continued to provide HPV vaccine in their national program.

最後に、複合型局所疼痛症候群(CPRS)の症例が、日本から800万回、HPVワクチン接種を行っている間に報告された。CPRSは普通外傷に引き続いて手足に痛みを持って出現する。いくつかのケースは、けがや外科手術の後に報告されている。原因がわからない例や何らかのけがの既往なく起こることもある。HPVワクチンに引き続く、5例のCRPSは日本ではマスメディアに注目された。しかしその症状は典型的なCPRSと一致しないように見える。専門家による勧告委員会の検討では、これらのケースに十分な情報がないため、たくさんのケースにおいて鑑別診断ができず、ワクチンとの因果関係を評価することができなかった。これらは調査中だが、日本では国家のスケジュールでHPVワクチン接種が続けられている。(日本語訳は当クリニック)(→周知のように、6月14日勧奨中止になってしまいました)

中段略


The cases of chronic pain being reported from Japan deserve specific mention. To date there is little reason to suspect the HPV vaccine, given its growing use worldwide in the absence of a similar signal from elsewhere. Recognizing the public concerns voiced, the Committee urges careful documentation of each case and a thorough search for a definitive diagnosis by medical specialists in order to best guide treatment. A timely clinical assessment and diagnosis of each case followed by appropriate treatment is therefore essential.

日本から報告された慢性疼痛の症例は、特に言及するに値する。現在まで、HPVワクチンが世界中でより使用が増えているのに、他の地域から同じような訴えが全くないことから、HPVワクチンとの関連はほとんどないと考えられる。公衆の関心を記録し、最も良い標準的な治療を行うために、委員会はそれぞれのケースを注意深く記録し、専門家によって徹底的な鑑別診断を行うことを推奨する。時期を得た臨床的な評価と、適切な治療に引き続くそれぞれのケースの診断が、したがって非常に重要となる。
(日本語訳は当クリニック)

 この論文の核心は、「HPVワクチンの安全性に関する前回の検討から4年が経過し、世界各国で 1億7000万回分以上が販売され、より多くの国が国内の予防接種プログラムを通じてワクチン提供していることから、諮問委員会は市販製品の安全性プロファイルに大きな懸念がないことを引き続き再確認することができている。」という部分にあります(全文訳はこちら

 
今現在も、子宮頚がん予防ワクチンは安全だと信頼され、日本を除く全世界では普通に、何ら問題なく、同じ製品の接種が続けられているのです。

⑤当クリニックからかかりつけの患者さんへ

 
6月14日の厚労省の決定を受けて、当クリニックかかりつけの患者さんにも、子宮頚がん予防ワクチン接種について迷われるいる方がいらっしゃると思います。

 NHKや民放テレビが「子宮頚がん予防ワクチンの副作用でこうなった」という少女の映像を繰り返し繰り返し放映すれば、接種をためらう気持ちになるのも無理のないことです。
 この患者さんには深い同情と一刻も早い快復をお祈りいたします。

 しかし、これらの放送は、一方で子宮頚がんに苦しむ多くの子宮頚がん患者さん達の現状、子宮頚がんと最前線で献身的に戦う医療従事者、すなわち子宮頚がん予防ワクチンを熱烈に求めてきた側の視点がすっぽりと抜け落ちた、あまりに一方な、偏った内容の、非常に残念な番組だといわざるを得ません。(国民から「受診料」を、悪法をふりかざして強権的に徴収しておきながら、報道するか、しないかは「皆さま」ではなく、「NHK」が決めるのだそうなので、あまり文句を言ってはいけないのかもしれませんが。)

 複合性局所疼痛症候群(CRPS)、これはワクチン接種に限らず、外傷、注射、採血などでも起こる慢性疼痛です(くわしくはこちら)。子宮頚がん予防ワクチン接種だけで起こる特異的な難病ではありません。まだ確立した治療法はありませんが、小児においても現在さまざまな治療の試みが始められています。

 まだ子宮頚がん予防ワクチンを1回も受けていない当クリニックのかかりつけの患者さんは、子宮頚がん予防ワクチン接種は差し迫った緊急性はないため、しばらくの間は勧奨再開待ちでもよいと思います(適時、院内掲示でお知らせいたします)。

 すでに接種が始まっている患者さんは、スケジュール通りの接種をお勧めします。しかし、狂騒マスコミや煽動分子の醸成した、今の異常な子宮頚がんワクチンバッシングの雰囲気では(これは情けない、恥ずべき状態です)、残念ながら、残りの接種を勧奨再開まで延ばす人が出てきても、やむを得ないかもしれません。産婦人科医会も規定の回数を接種することを呼びかけています(→声明はこちら)。

 
ワクチン接種後の慢性疼痛はいくら予診をつくしても、100%防ぐことはできません。しかし、子宮頚がんのおそろしさ、子宮頚がん予防ワクチンのきわめて稀な副反応の頻度(210万回に1回)を考えれば、当クリニックは、当クリニックを信頼してくださるかかりつけの患者さんには、子宮頚がん予防ワクチンの接種を、強くお勧めいたします。また、患者さんの苦痛を少しでも和らげることができるよう、ワクチン接種の筋注手技の向上にも研鑽を重ねます。

 210万回に1回の頻度といわれるCRPSでも、実際CRPSを発症してしまった患者さんにとっては、1分の1ということになります。万が一、このような症状が患者さんに見られた時は、当クリニックはつねに患者さんのそばに寄りそってまいります。そして、最も信頼できる専門医療機関を、責任を持ってご紹介させていただきます。

2013.7.7

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