2020年7月のコロナ-1

Ⅰ 2020年7月流行の新型コロナウイルスの正体

 まず、現在流行している、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の正体を見てみましょう。

 2020年8月5日に、国立感染症研究所病原ゲノム解析研究センターは、今回の我が国における新型コロナウイルス感染症の流行について、研究結果を発表しました(原報告はこちら)。
 今回の主役である新型コロナウイルス=SARS-CoV-2は、RNAウイルスと呼ばれるウイルスの仲間です。

 ヒトの遺伝子の本体はDNA (デオキシリボ核酸)です。DNAの遺伝情報は、RNA(リボ核酸)に移し替えられ、さらに体の構造や働きを行うタンパク質を作る設計図である、ORF(open reading frame)の情報源として利用されます(これをセントラル・ドグマと呼びます)。

 しかし、RNAウイルスは、DNAを持っていないため、ヒト細胞に侵入すると、まず自分のRNAを鋳型として、ヒト細胞を使ってRNAを作る酵素(RNA依存性RNAポリメラーゼ)を作り出します。
 そして、このRNAポリメラーゼが、ヒト細胞の成分を勝手に使ってヒト細胞内に、自分の複製を大量に製造していきます。すなわち、DNA→RNAの情報伝達過程がないまま、ウイルスの増殖が進みます。

 SARS-CoV-2のRNAは、12種類のORFを持っています。つまり「タンパク質を作る設計図=ORF」の情報を元に、12種類のタンパク質をヒトの細胞中で生産しているのです。

 ところが、RNAウイルスは自分を複製するときに、一定の割合で自分のRNAのORFから作られる遺伝情報を、ミスプリントしてしまいます。 これは、RNAウイルスはDNAウイルスに比べて、DNAから遺伝情報をしっかり受け取るわけではないのでミスが起こりやすいこと、ミスを修正する復元機能が弱いためです。

 新型コロナウイルスSARS-CoV-2がこのミスプリント(変異)を起こす割合は、研究の結果、1年間に平均24回(1ヶ月に2個ぐらい)ぐらいだということが分かりました。このミスのため、遺伝子の構成部分の塩基配列(アデニンA、ウラシルU、グアニンG、シトシンCの塩基の文字列)に変異が起こります。

 遺伝子DNAは、糖・リン酸・塩基の結合単位(ヌクレオチドと呼ぶ)が塩基(A、T、G、Cの四種類)を繋いで一本鎖DNAを作り 、二本の鎖がらせん状に巻きついています。これに対し、RNAは一本鎖のヌクレオチドに塩基が並んでいます(塩基配列といいます)。RNAでは、塩基の一つがチミンTではなく、ウラシルUになっています。

 
コロナウイルスの構造(日経バイオテクより) mRNAの塩基配列(アデニンA、ウラシルU、グアニンG、シトシンC)

 SARS-CoV-2のゲノム(全遺伝情報)配列からこの塩基の誤植(変異)を調べて、 同じような変異集団を集めてグループ化したのが、下図左の図1(2020年4月段階)です。これは2020年4月段階で、中央が武漢ウイルスグループで、1-2月に東アジアで流行したウイルス株です。左側はこれから、このころ大流行していた欧州ウイルス株です。

 右段の図2は、2020年7月段階の新しいSARS-CoV-2のゲノム分析図です。図1に比べると、左側のブルーゾーンは武漢ウイルスグループで、右側のオレンジゾーンは3-4月に流行した欧州ウイルスグループで、ここまでは図1に登場した既知のウイルスです。

 ところが、右下に、6-7月から顕在化した、現在の我が国で流行している、新宿発の新しいSARS-CoV-2のグループが登場しています(レッドゾーン)。このレッドグループは、3月の欧州発のオレンジグループから、6個塩基が変異(ミスプリント)していました。
 1ヶ月に2個変異が起こるとすると、3ヶ月でちょうど6個ということになり、レッドグループはオレンジグループの3ヶ月後のウイルスの子孫だと明らかになったのです。ただ、現在までの所、橙→赤をつなぐ途中(祖父→孫、とすると父世代)のウイルスは発見されていません。

(図1)1-2月の武漢肺炎第1波(赤色)。欧州系統第2波(青色) (図2)左の青色は武漢肺炎。右橙色は欧州系統。右下が今回発生した新宿クラスター株

 この新しい赤いグループの登場の経過を、報告書では次のように述べています。

 2019年末の中国・武漢を発端とする新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) は2020年1月から2月にかけて国内に侵入し、地域的な感染クラスター(集団)を発生させた。

 発生自治体で積極的疫学調査が実施され、発生源と濃厚接触者の特定をもって感染拡大を封じ込める対策が展開されてきた。自治体固有の感染クラスターの終息宣言等ある一定の成果を得たが、3月中旬から4月下旬において各地で感染拡大が進行し全国規模の緊急事態宣言に至った。

 その後、感染は一旦収束傾向を見せて、緊急事態宣言の解除及び段階的に様々な活動を再開する中で、6月から7月にかけて東京都を中心に再び新規感染者数が増加し、単純な検査陽性者数では緊急事態宣言下における時期を上回る報告が認められる。

(今回の流行のウイルスの)ゲノム情報は、欧州系統(3月中旬)から さらに6塩基変異を有しており、1ヶ月間で2塩基変異する変異速度を適用すれば、ちょうど3ヶ月間の期間差となり時系列として符合する。

 この3ヶ月間で明確なつなぎ役となる患者やクラスターはいまだ発見されておらず、空白リンクになっている。この長期間、特定の患者として顕在化せず保健所が探知しづらい対象(軽症者もしくは無症状陽性者)が感染リンクを静かにつないでいた可能性が残る。

 6月下旬から、充分な感染症対策を前提に部分的な経済再開が始まったが、収束に至らなかった感染者群を起点にクラスターが発生し、地方出張等が一つの要因になって東京一極では収まらず全国拡散へ発展してしまった可能性が推察された。

 また、新型コロナウイルスの塩基変異に伴う病原性の変化についての議論がしばしば見られる。一般論としては、ウイルスは病原性をさげて広く深くウイルス種を残していく適応・潜伏の方向に向かうと推定され、新型コロナウイルスの病原性の変化については単にゲノム情報を確定しただけでは判定できるものではなく、 患者の臨床所見、個別ウイルス株の細胞生物学・感染実験等を総合的に考慮する必要があると考えている。
(引用終わり)

 
国立感染症研究所も、一般論として、ウイルスは病原性を下げる(=弱毒化する)ことで、感染力を強化して流行する。ただし、今回ウイルスが弱毒化したのかは、ゲノム分析だけでなく、他の検討も行い、総合的に結論を出すべき、と述べています。

 今回の新型コロナ感染症の流行は、医療崩壊の寸前までいった欧州株による3-4月の第2波に勝るとも劣らない、危機的な状況なのでしょうか。「感染者」の数だけを絶叫するマスコミの知性無き報道と決別し、冷静に3-4月欧州発と6-7月新宿発の流行の各因子を比較し、詳しく検討していきましょう。

第Ⅱ部に続く