ケルビムこどもクリニックで不適切なワクチン接種を受けた患者さんへ


はじめに-事件の概要


 品川区東五反田のケルビムこどもクリニックが、過去5年以上にわたって、 MR(麻疹・風疹混合)、水痘、おたふくかぜ、4種混合、3種混合、不活化ポリオ(一部この医師が個人輸入した、承認されていない認可外の外国ワクチン)、 ヒブワクチン、MMR(麻疹・風疹・おたふく混合=この医師が個人輸入した、 承認されていない認可外の外国ワクチン)などのワクチンを、勝手に同一注射器に混ぜ合わせて接種していたことが患者からの訴えで明らかになり、 品川区はこのクリニックを予防接種医療機関から抹消しました。(品川区の発表)。その後、閉院したようです。

 また、このクリニックはInfarixQという日本では認可されていない5種混合ワクチン(ジフテリア、破傷風、百日咳、不活化ポリオ、インフルエンザ菌B型ヒブ)やPriorixという麻疹、風疹、おたふくかぜを含むMMRワクチンを院長が個人輸入し、患者に接種していました。

 認可前の個人輸入時代のImovax=不活化ポリオワクチンや経鼻インフルエンザ生ワクチン=フルミストなどの無認可ワクチンは、当クリニックを含む先進的な医療機関で接種が行われています。

 しかし、無認可ワクチンを患者に接種する場合は、@わが国では認可されていないワクチンであることを、明確に説明すること、A海外での使用例での副反応の説明を行うこと、B万が一、副反応が発生しても保証はないことを事前に接種希望者に説明し、承諾を取っておくこと、は当たり前の手順です。(参考に当クリニックのフルミストの説明を例示します)

 ところが、このクリニックは5種混合ワクチンやMMRワクチンを、5種混合ワクチンについては、3種混合ワクチンDPT、不活化ポリオワクチン、ヒブワクチンをそれぞれ個別に接種したように予診票を区に提出していました。また、MMRワクチンも同様に、MRワクチンとおたふくかぜワクチンを個別に接種したように予診票を提出していました。しかも、患者には無認可ワクチンだという事前の説明もなかったようです。

 この事態に対し、品川区は区の保管する予防接種記録20万枚と、 この医療機関のカルテ2000人分を突き合わせ精査し、358名(うち区外35名)にこの混ぜ合わせ接種を行っていたことを確認しました。さいわいなことに、今のところ大きな健康被害の訴えはないようです。


なぜワクチンを、勝手に同一注射器に混ぜ合わせて接種してはいけないか

 あたりまえのことですが、予防接種は安心、安全に行われることが絶対条件です。そのために、ワクチンは安全性が幾重にも試験され、確認されたうえで 認可されていくのです。認可されたワクチンを、通常行う定められた方法で接種する限り、同時にワクチンを接種しても、まったく心配はありません。しかし、それぞれ認可されているワクチン液を勝手に混ぜてしまうと、各ワクチン成分を安定させている添加物が相互作用を起こしたり、免疫を起こす成分が変化したりする可能性も否定できないため、複数のワクチンを1つのシリンジに混ぜて接種することは厳禁されているのです。

 2011年、日本小児科学会は「予防接種の同時接種に対する考え方」を公表し、同時接種の積極的な推進を訴えました。しかし、この声明文でも、注意しなければならない第1項に、

 
尚、同時接種を行う際、以下の点について留意する必要がある。

 
1)複数のワクチンを1つのシリンジに混ぜて接種しない

 と安全性が確かめられた方法以外で、勝手にワクチンを混ぜ合わせることを禁止しています。したがって、ワクチンについて十分な知識と接種経験がある小児科医なら、複数のワクチンを同じ注射器に勝手に混ぜ合わせて患者に打つなどという行為は、想像を絶する、ありえない行為です。

 このクリニックの院長は「注射の回数を少なくして、子どもの負担を減らそうとした。医学的には問題ないと認識していた」などと話したということですが、勝手に混合したワクチンの安全性はいっさい確かめられておりません。(この医療機関での混ぜ合わせは、9パターンもあったようです。)

 当然予防接種の注射液の性状が変わるため、注射部位の腫れがひどくなる、などの副反応が強く出る可能性もあったのですが、幸いなことに特に重い副反応の報告がなかったようです。

 もう一つの問題はワクチンの効果です。力価も安定していない多種の抗原を含むワクチン接種で、十分な効果(抗体が上がること)が期待できるのか、ほとんどデータがありません。(もともとありえない条件のため、検討されていない。)

 その中で昨2016年、北区の赤羽小児科クリニックという医療機関が、やはりMR(麻しん風しん混合)ワクチン、水痘ワクチン、おたふくかぜワクチンを混合して、1本の注射器(計0.5ml) で接種していた事件がありました。

 北区はこの医療機関でワクチンを混合して接種された患者のうち、希望者に抗体検査を行っています(→詳細はこちら)。その結果は、

抗体検査実施状況(カッコ内は、「抗体がついている人数/受診者数」)

ワクチンの種類

抗体保有率

麻しん

80.4%(41人/51人)

風しん

38.5%(20人/52人)

水痘

36.2%(17人/47人)

おたふくかぜ

72.0%(36人/50人)

 第2回予防接種事故調査委員会(北区)の要旨

  ・ 今回の抗体検査の抗体保有率を過去の感染症流行予測調査、論文などと比較するといずれのワクチンも想定された数値を下回る結果であった。また、今回の結果は、複数の検査機関で測定が行われたことから、全体をまとめて抗体保有率とすることには適切でない可能性も考えられる。


 ということだったようです。この北区の調査結果を参考にすると、今回ケルビムこどもクリニックで混ぜ合わせ接種を受けてしまった患者の抗体は高くない可能性が強く示唆されます。特に風疹、水痘が心配です。

 北区の事例では生ワクチンしかデータがありませんが、 不活化ワクチンの混ぜ合わせでもやはり抗体の上がりが悪い可能性が、強く疑われます。

 小児科学会も今回の事件について、2017年5月28日に声明を発表しました。(→複数のワクチンを混ぜて接種していた医療行為に対する日本小児科学会の見解


ケルビムこどもクリニックで ワクチン接種を始めて、途中から当クリニックで接種するようになった患者さんへ

 事件発覚前から、さまざまな理由でケルビムこどもクリニックから当クリニックへ、予防接種の接種医療機関を変更された方々がいらっしゃいました。(ごく少数ですが、逆の例もありました。)

 これらの患者さんには6月12日(月)着で、品川区からの通知が発送されています。

 当クリニックで接種を行っている患者さんには、当クリニックの推奨方法をご説明いたします。しかし、これはあくまで、当クリニックに現在受診されている患者さんを対象にするもので、他院かかりつけの方は、日頃信頼して受診されているその医院のかかりつけの先生にお尋ねください。

@抗体検査

1)生ワクチン(MR+水痘+おたふくかぜ、MR+水痘、MR+おたふくかぜ、水痘+おたふくかぜ、MMR+水痘)
 上記北区のデータをみても抗体の上りは良くありません。したがって、抗体検査を行わず、再接種をお勧めいたします。

2)不活化ワクチン(三種DPT+ヒブ+不活化ポリオ、三種DPT+ヒブ、三種DPT+不活化ポリオ、四種DPT-IPV+ヒブ)
 不活化ワクチンについては、まだ規定回数が終わっていないお子さまは、規定回数をスケジュール通りに行い、終了でよいと思います。

 規定回数が終わってしまい、全てが不適切な混ぜ合わせ接種を受けてしまったお子さまは、品川区医師会で行う、抗体検査を行い、抗体の低いワクチンは1回追加接種がよいでしょう。(四種混合、不活化ポリオワクチンを追加接種します。)

 ただし、不活化ワクチンは規定回数以上の接種を行う場合、副反応が増強する可能性もあります(特に四混。不活化ポリオは問題ない)。そのため、規定回数以上の接種はできるだけ避けた方が良いと考えられるので、抗体の低いワクチンに限って、再接種を行います。

 ヒブワクチンについては、国内で抗体検査ができないため、規定回数が終わってしまい、全てが不適切な混ぜ合わせ接種を受けてしまったお子さまは、3歳未満の場合は1回追加接種を行う方がよいでしょう。ただし、3歳以上のお子さまは、ヒブワクチンは細菌性髄膜炎を防ぐワクチンであり、年齢的に髄膜炎発症のリスクは低くなるため、あえて再接種は考えなくてもよいと思います。

 小児用肺炎球菌ワクチン(プレベナー13)は独立したペンシル型の注射器のため、技術的に混ぜ合わせができなかったようで、不幸中の幸いなことに今回混ぜ合わせの対象にはならなかったようです。

 また、外国のワクチン(InfarixQ、Priorix)のみを行った場合は、国内で認可されたワクチンの健康被害に該当しなくなるため、抗体検査は受けられません。(区に提出された種類がたとえ認可ワクチンを接種したことになっていても、実際接種されたのが認可外ワクチンと判明した場合は、抗体検査は受けられません)

 抗体検査は、6月中に品川区医師会館で実施されます。指定日が区から通知されると思いますので、会場にいらして、検査を受けてください。当クリニックでは、抗体検査は実施できません。

追記:この医療機関が、B型肝炎ワクチンも不適切な接種方法で行っていたことが、区の抗体検査の後で露見しました。B肝ワクチンについても、3回とも不適切な方法で接種されたことが明らかな場合は再接種を考えた方が良いでしょう。

A再接種

 再接種通知は「品川区予防接種事故調査委員会」の検討の後、区から送付されます。当クリニックの具体的な再接種の方針については、診察時に鈴木医師にお尋ねください。

 
ただし、当クリニックの再接種の考え方は、必ずしも区のお勧めと同じではありません。それをご諒解の上、接種のご相談にいらしてください。



 この件は、通常の当クリニックの診療とは全く関係ありませんので、さまざまなご質問は区保健予防課にお願いいたします。当クリニックは、この件に対する電話での問い合わせにはいっさい対応いたしませんので、ご了解ください。


 今回の事件の主役は「ワクチンの専門家」を名乗っていますが、開業前には長い間、ほとんど実際のワクチン接種には従事していなかったようです。また、ワクチン反対を声高に叫ぶワクチン反対グループにも、やはり実際に感染症の患者さんの診察をしたこともなければ、実際にワクチンの接種をしたこともない、しろうと同然の臨床に全く無知の、聞きかじりの知識だけの「ワクチン反対の大家」もいらっしゃるようです。

 実際にVPD=ワクチンで防げる病気のお子さまを診察し、治療する中で、その病気の怖さ、恐ろしさを知り、実際のワクチン接種を行う中で、お子さまの痛み、悲しみ、副反応の発生、お母さまのさまざまなご心配に寄り添う中で、小児科医はワクチン接種の大切さ、守らなければならないことを、身をもって学んでいくのです。


 病気にかかったお子さまの悲惨な姿を見たこともなく、大切なワクチン接種を実際に行ったこともない人間が、本当にワクチンについて語ることができるのでしょうか。


今週のお知らせに戻る