アトピー性皮膚炎とは、皮膚の抵抗力(皮膚を、さまざまな刺激から守る働きを、 バリア機能とよびます)の低下した状態に、 皮膚の炎症を発病しやすい体質がからみ、さまざまな皮膚の状態を悪化させる因子(悪化因子)がさらに加わり、発症していく病気、と考えられています。
1)皮膚の異常(バリア機能の低下。かさかさ肌)
①角質層の異常
皮膚の最も外側にある角質層は、わずか0.01~0.02mmの薄い膜です。角質層は、体をラップのように覆い、外部からの刺激や異物の侵入を防いだり、水分の喪失を防ぐ、大切な働きを担っています。
アトピー性皮膚炎の患者さんは、角質細胞間脂質であるセラミドという脂肪が異常に少ないため、皮膚をみずみずしく保つ、水分保持能力が大幅に低下していることがわかっています。
また、角質細胞とは、厚さ1mm位の平べったい細胞で、この細胞の内部には、主な成分であるケラチンとフィラグリンがからみあって充満し、外界のさまざまな刺激から皮膚内部を守っています。
しかし、アトピー性皮膚炎の患者さんの中には、遺伝的にこのフィラグリンが少ない人がいて(また、ある種のサイトカインはフィラグリンを減らします)、このような人の肌は角質細胞が非常に薄く、皮膚のバリア機能が著しく低下してします。
②顆粒層の異常
角質層のもう一つ内側には顆粒層という階層があり、この層には「タイト・ジャンクション」と呼ばれる、細胞と細胞をくっつけている、繋ぎ目の部分があり、皮膚のバリア機能を担っています。
化粧品成分オンライン バリア機能修復成分の解説と成分一覧 より
アトピー性皮膚炎の患者さんの中には、このタイト・ジャンクションの形成に係わるクラウディン-1という成分が少なく、この部分のバリア機能が低下している人もいるようです。
2)皮膚の炎症のメカニズム(皮膚が赤く腫れる。じくじくする)
正常な皮膚は保湿因子によって、皮膚のバリア機能が働き、体の外からの刺激、アレルゲン(アレルギーを引き起こす蛋白質。ダニ、ハウスダスト、花粉など。)の侵入を防いでいます。
しかし皮膚バリア機能が低下すると、 体の外からの刺激やアレルゲンが、皮膚から容易に侵入しやすくなります。その結果、皮膚の中で炎症が起きて、 さまざまなアトピー性皮膚炎の症状が起こってきます。
皮膚の中に侵入してきたアレルゲンは、まず皮膚のパトロール部隊である「抗原提示細胞」に発見されます。
この「抗原提示細胞」とは、つねに皮膚の表面近くをパトロールし、敵の侵入を見張っている、警備のセコムのような細胞です。樹状細胞やランゲルハンス細胞と呼ばれています。
ひとたび、敵を発見(=アレルゲンを捕捉)すると、敵(抗原)侵入の警報を、上部司令官のTリンパ球(ヘルパーT細胞)に伝えます(抗原提示といいます)。
(出典;「佐伯秀久監修:アトピー性皮膚炎の治療目標と主な治療薬」マルホ)
抗原提示細胞から敵侵入の情報を伝えられた上級司令部のTリンパ球には、いくつかのサブグループがあります。そのうちのTh1細胞司令官は、インターロイキン-2(IL-2)とインターフェロンーガンマ(IFN-γ)というサイトカインを分泌します。
また、別のTh2細胞司令官は、インターロイキン-4(IL-4)、インターロイキン-13(IL-13)、インターロイキン-31(IL-31)というサイトカインを分泌します。
サイトカインは司令部T細胞から、それぞれの部下の細胞への命令文書のような物質=蛋白質です。
このTh2細胞が分泌するサイトカインであるIL-4、IL-13、IL-31が優勢になってくると、アレルギー炎症がひどくなり、組織は赤く腫れ上がり、知覚神経が刺激され、
ピリピリした痒みが発生する状態になっていきます。(嫌ですね)
図一番右にあるILC2というのは、Innate lymphoid cells(自然リンパ球)という細胞で、Th1細胞とTh2細胞の兄弟リンパ球とは出自の異なる、別家系のおじさんリンパ球です。
ILC2はT細胞のような複雑な手続きを経ることなく、サイトカインであるIL-5、IL-13を分泌して、皮膚の炎症を悪化させます。
3)痒みの増強(皮膚のひっかき傷の痕)
アトピー性皮膚炎は、強いかゆみを伴います。アトピー性皮膚炎の患者さんが最も悩むのは、この痒みです。
サイトカインのIL-31は、アトピー性皮膚炎の激しい痒みを引き起こすことが最近わかってきました。IL-31は、痒みを感じる知覚神経に働いて、神経を過敏にしたり、
皮膚の表面まで神経末端を延ばし、痒みを感じやすくしています。(上図参照)
それ以外にも、 アトピー性皮膚炎の痒みを引き起こす物質は多数見つかっています。
また、IL-4、IL-13はBリンパ球(Tリンパ球と別のリンパ球)に働き、IgEを放出させます。IgEは肥満細胞にくっつき、ヒスタミンを遊離させます(上図参照)。このヒスタミンも痒みを引き起こします。
ヒスタミンは長らくアトピー性皮膚炎患者の痒みの主犯として、目の敵にされてきました。
ヒスタミンの働きを抑えるため、ザジテンやアレロック、アレグラなどのヒスタミンの働きを抑える、 抗ヒスタミン薬が治療に使用されてきました。(もちろん、現在も使われています)
しかし、アトピー性皮膚炎の痒みに対しては、ヒスタミンは脇役だったようです。抗ヒスタミン薬は、アトピー性皮膚炎の患者さんの激しい痒みを和らげましたが、痒みを完全に消失させる力はありませんでした。
アトピー性皮膚炎の病態は、皮膚バリアが低下し、アレルギー炎症が悪化する。→炎症が激しくなり、痒みが強くなる。→痒みがひどいため、掻きむしり、ますます肌荒れがひどくなる。という「itch-scratch-cycle」と呼ばれる痒み、ひっかくことの悪循環が起こります。
これを抑え込み、鎮めることが、アトピー性皮膚炎の治療となります。
(出典;「佐伯秀久監修:アトピー性皮膚炎の治療目標と主な治療薬」マルホ)
Ⅱ.アトピー性皮膚炎の症状
次にアトピー性皮膚炎の症状をみてきましょう。
①アトピー性皮膚炎の症状は、年齢によって変化します
アトピー性皮膚炎の皮膚症状は、年齢とともに変化していくことが特徴です。 赤ちゃんの湿疹がひどく、お悩みのお母さまにも、この湿疹がずっと続くわけではない、といつもお話ししています。
赤ちゃん期(2歳まで)
乳児期には顔の口の周りや頬に、赤いポツポツ、ジュクジュクした発疹が出ます。
また頚や頭、ひどくなると胸や背中、膝のうら、手足などの汗のたまりやすい部分にも、赤みが広がっていきます。
幼児期(2~12歳)
赤ちゃんの時期を過ぎるころになると、ひどい湿疹のあった赤ちゃんも、自然と改善していきます。
幼児期のアトピー性皮膚炎の症状は、顔や体の発疹が減りますが、首の回りや手足の関節周囲、お尻に発疹が目立つようになります。
また、皮膚が乾燥してざらざらになります。
学童期・思春期(13歳以上)
思春期・成年期は、再びアトピー性皮膚炎が悪化しやすい時期になります。いったん治った皮膚の症状が、思春期になってぶり返す例も少なくありません。また、さまざまな因子が悪化するきっかけ、原因となります。
この時期の発疹は、顔や首、胸、背中、肘のあたりなど上半身に、皮膚の変化が強くみられます。特に顔は、いわゆる「アトピーの赤ら顔」などと呼ばれる、独特の顔つきになる人がいます。
また、この時期は精神的に不安定になり、さまざまな背景で治療がうまく行えない人も出てきます。また、少なくない患者さんが不登校になるようです。
田辺三菱製薬サイト:ヒフノコトサイトより転載
②かゆみが最大の症状
アトピー性皮膚炎のお子さまは、皮膚の変調(湿疹、赤く腫れる、かさかさ、ごわごわ)が目立つことも辛い症状ですが、何よりもかゆみが最大の症状です。
お子さまは我慢することができず、掻きむしり、血まみれになってしまうこともあるほどです。
自分で掻くことのできない赤ちゃんが、抱っこしているママの服に顔をこすりつけて、一日で顔が真っ赤に腫れあがることもよく経験します。
お風呂に入ったり、夜ふとんに入って体があたたまると、かゆみが増すことはよく経験されます。これは、皮膚があたたまると、かゆみを感じる神経がかゆみに敏感に反応するためと、昼間は遊びに夢中になっているため、あまりかゆみを感じず、夜眠り始めるとかゆみが気になるためと考えられます。
ストレスもまた、かゆみを悪化させる原因と考えられています。
最近、この痒みはIL-31が大きく関係しており、このサイトカインの働きを妨げる新薬も登場してきました。 (詳細は後記)
③アトピー性皮膚炎の重症度について
アトピー性皮膚炎の重症度は、医学的には、皮疹(皮膚の湿疹)の面積と炎症の強さで分類します。(厚生労働科学研究班)
軽症 | 面積にかかわらず、皮膚に軽度の赤みや乾燥だけが認められる状態 |
中等症 | 強い炎症を伴う皮疹が、体表面積のおよそ10%未満に認められる状態 |
重症 | 強い炎症を伴う皮疹が、体表面積のおよそ10%以上で30%未満に認められる状態 |
最重症 | 強い炎症を伴う皮疹が、体表面積の30%以上に及ぶ状態 |
皮疹は面積よりも、個々の皮疹の重症度が重視されます。
診療の現場では、アトピー性皮膚炎の皮膚の重さの評価には、医師による採点であるEASIスコア、IGA、患者さん自身の痒みの採点である掻痒NRS、掻痒VAS、POEMなどを用いて評価をしています。
鈴の木こどもクリニックの実際のアトピー皮膚炎の診療では、チェックシート(NRS、POEMシート)をお渡ししますので、痒みの強さを患者さんご自分でまず評価していただいています。
この患者さんの自己採点と、医師の診察の結果を総合的に判断して、最適な治療を決定しています。