赤ちゃんの貧血について
乳児期の後期は、赤ちゃんは急激に体重も身長も大きくなります。そのために、食事から鉄が十分摂取されないと、貧血になりやすいと言われています。特に9-10ヶ月の赤ちゃんは10~20%は貧血、半分は潜在的貧血と言われています。
丸々と元気な赤ちゃんが貧血になると、何が問題なのでしょうか。
【貧血の原因】
貧血とは、血液中に赤血球が少ない状態を言います。
この赤血球は、エネルギーの元となる酸素を身体の隅々に運ぶ、大切な働きをしています(トラックのようですね)。この赤血球は、内部に多量の赤い色素のヘモグロビンを含んでいるために、赤く見えるのです(右図)。
まず、貧血の原因を見てみましょう。
赤ちゃんは生まれて6ヶ月ぐらいまでは、お母さまから妊娠中に胎内でもらった鉄を身体に蓄えていて(貯蔵鉄といいます)、これを使って発育していきます。
しかし、生後6ヶ月を過ぎると、蓄えていた鉄が減ってきて、鉄が補充されないと鉄不足になっていきます。
しかも、生後6ヶ月を過ぎると、赤ちゃんは急激に発育し、身体が大きくなります。ますます、鉄が必要とされる時期になるのです。
*妊娠中にお母さまが十分な鉄を含んだ食事を取っていないと、おなかの中の赤ちゃんが鉄のストックが十分出来ずに、生まれてから貧血になりやすいといわれています。妊娠中のお母さまは、十分鉄の含んだ食事を取る必要があります。
厚労省も、妊娠期に必要な鉄は、基本的損失に加え、①胎児の成長に伴う鉄貯蔵、②臍帯・胎盤中への鉄貯蔵、③循環血液量の増加に伴う赤血球量の増加による鉄需要の増加を加味しなければならないと述べています。
厚労省の妊婦の食事摂取基準では,鉄の摂取推奨量は妊娠初期では推奨量6.5mgに付加量2.5mgを加えた9.0mg/日、妊娠中期・後期では推奨量6.5mgに付加量9.5mgを加えた16.0mg/日となっています。
参考までに、妊婦に良い食事→しっかり摂りたい鉄分!鉄分の多い食品
赤ちゃんは鉄を乳汁から摂取しますが、母乳は鉄の成分が少ないです。粉ミルクは母乳に比較すると、多くの鉄を含んでいます。しかし、母乳中の鉄は50%ぐらい効率よく吸収されるのに対し、粉ミルクの鉄は10%ぐらいしか吸収されません。
いずれにしろ、この時期の赤ちゃんは潜在的な鉄不足の状態になっています。
したがって、身体が急激に大きくなる乳児期後期は、赤ちゃんは乳汁以外に離乳食から鉄を摂らなければなりませんが、離乳初期は食事量の少なく、十分な鉄の補給はできません。
そのため、赤ちゃんは鉄欠乏性貧血になっていくのです。
母乳,乳児用調製粉乳,フォローアップミルク,牛乳の主な成分の比較 | |||
100mL あたり | 鉄 (mg) | カルシウム (mg) | ビタミンD (μg) |
母乳 | 0.04 | 27 | 0.3 |
調製粉乳2) | 0.78 ~ 0.99 | 44 ~ 51 | 0.85 ~ 1.2 |
フォローアップ ミルク3) | 1.1 ~ 1.3 | 87 ~ 101 | 0.66 ~ 0.98 |
牛乳 | 0.02 | 110 | 0.3 |
日本食品標準成分表2015年版(七訂)より作成
堤ちはる;今,求められる子どもの食の支援授乳・離乳の支援(第65回日本小児保健協会学術集会 ミニシンポジウム)より
調整粉乳2)は、和光堂レーベンスミルクはいはい(アサヒグループ食品),ほほえみ(明治乳業),はぐくみ(森永乳業),赤ちゃんが選ぶアイクレオのバランスミルク(アイクレオ),すこやか M1(雪印ビーンスターク),ぴゅあ(雪 印メグミルク)の12.7 ~ 13% 調乳液 をもとに算出。
フォローアップミルク3)は、和光堂フォローアップミルクぐんぐん(アサヒグループ食品),ステップ(明治乳業),チルミル(森永乳業), アイクレオのフォローアップミルク(アイクレオ),つよいこ(雪印ビーンスターク),たっち(雪印メグミルク)の13.6
~ 14% 調乳液から算出。
妊娠中にお母さまから、赤ちゃんは胎内で鉄を受け取ります。そのため、お母さまも十分な鉄が含まれた栄養が必要です。(上記記載)
もしも、お母さまが早期産、妊娠高血圧、母体糖尿病、子宮内胎児発育不全など胎盤の働きに障害があったとき、妊娠中十分な食事がとれなかった場合は、赤ちゃんの貯蔵鉄が少なく、貧血のリスクが高まるため、6ヶ月健診時に貧血検査を考えた方が良いと思います。
【鉄の働き】
それでは、鉄はどのような働きをしているのでしょうか。鉄はヘモグロビンの核になっています。
ヘモグロビンは、血色素といい、雪の結晶のような構造をしていて、その中心に鉄(Fe)が存在します。(右図、Wikipediaより)
その中心の鉄の部分に酸素が結合して、からだのすみずみに酸素が運ばれていきます。
ヘモグロビンは酸素を必要とする組織に到着すると、酸素を切り離し、その組織に酸素を引き渡します。
そして、組織はその酸素を使って、エネルギーを作り、生命活動を行っていくのです。
赤血球はこのヘモグロビンをたくさん含んで、トラックのように酸素を運搬するために体中を回っています。したがって、貧血になり、赤血球が減ると、身体に酸素が供給されなくなり、成長と発達に影響が出てしまいます。
また、鉄が少ないと、酸素を運ぶトラックも小さくなってしまいます。(鉄欠乏は小球性低色素性貧血を引き起こします。)
世界保健機関WHOは、貧血を血液中のヘモグロビン濃度が11.0g/dl未満の時、と定義しています。
また、今お話ししたとおり、鉄は赤血球内のヘモグロビンにあり、血液中に存在していますが、一部は貯蔵鉄といって肝臓、脾臓、骨髄などに蓄えられています(妊娠中にお母さまからもらった鉄はここに蓄えられています)。
また、筋肉、皮膚、毛髪、爪、酵素などにも組織鉄として存在し、身体の一部を構成しています。
【貧血の症状】
顔色が悪い、生気が無い、食欲が無い、などが貧血の症状ですが、赤ちゃんの場合はゆっくりと進行するため、はっきりした症状はあまりみられません。
一見元気で、たまたま感染症とかアレルギー検査の時に、偶然発見されることが多いです。
しかし、症状が無いから、鉄欠乏性貧血は放置して良いかというと、そうではありません。
1995年に厚労省の発行した「離乳の基本」でも、「鉄は赤ちゃんの精神運動発達に必要である。」と記されています。赤ちゃんの鉄欠乏は神経伝達物質の生成を低下させ、精神運動発達遅滞にいたる可能性が警告されているのです。
乳児期の鉄欠乏を軽視すべきではありません。
【貧血の検査】
当クリニックでは、9ヶ月健診時に希望者には、足底採血による貧血のチェックを行っています。
この貧血の検査は、赤ちゃんの足に針を刺し、血を少量採血して、右の全自動血球計数器セルタックα+で検査しています。
(9ヶ月健診時に、オプションで有料で希望者のみに検査を行っています。この検査は健診項目には入っていないため、全員に無料で行う事は出来ません。また、診療で無いため、健診児全員に保険診療として検査することはできません。)
5分で結果が出るので、検査結果が血色素量(ヘモグロビン量)が11.0g/dl未満の場合は、乳児鉄欠乏性貧血と診断し、治療を始めます。
ただし、鉄欠乏性貧血以外の貧血(たとえば、地中海貧血=サラセミアなど)などが疑われ、精密検査が必要と判断した場合は、改めて静脈採血を行い、精査いたします。
*赤血球の数、形態、白血球、血小板、血清鉄、さらに貯蔵鉄の検査であるフェリチン、肝機能、ビリルビンなどを調べます。当クリニックでも、1名ベータサラセミアのお子さまが見つかりました。
【貧血の治療】
鉄欠乏性貧血の治療は、足りない鉄を補給する事です。①食事からの補給、②鉄剤の治療の二本立てになります。
1)食事の補給
離乳食を始めた頃は、鉄が含まれた食材はあまりありません。離乳3回食のあたりから、意識して鉄の豊富に含まれた食材を赤ちゃんに与えましょう。
鉄分を多く含み、腸からの吸収も良いレバー、牛肉、鶏肉、赤身の魚などを与えましょう。また、鉄の吸収をよくするビタミンCを多く含む、果物や野菜を同時に与えることもお勧めです。また、フォローアップミルクを調理に使用したり、鉄強化のベビーフードを与えても良いでしょう。
当クリニックは管理栄養士、栄養士が勤務しており、貧血によいお食事をお母さまとご相談しながら、進めることも可能です。ご心配な時は、いつでもご相談ください。(予約相談も可能です。)
*なお、乳業メーカーも開業医院に商品の宣伝のために、派遣栄養士を派遣していますが(ヤマダ電機のソフトバンクの拡販員のような存在です)、当クリニックの栄養士、管理栄養士は当クリニック固有のスタッフのため、特定製品の販売宣伝は行いませんので、ご安心ください。
鉄を多く含む食品と常用量中の鉄含有量 | |||
食品名 | 常用量(目安量) | 常用量中 鉄含有量 |
推奨量を摂取するための必要量 |
豚レバー | 50g(約小1枚) | 6.5mg | 35g |
鶏レバー | 60g(約1羽分) | 5.4mg | 50g |
あさり(水煮缶) | 10g(約大さじ1) | 3.0mg | 15g |
牛もも(赤肉) | 70g(約1枚) | 1.9mg | 166g |
かき(むき身) | 75g(約5個) | 1.4mg | 241g |
めじまぐろ | 80g(切り身1切れ) | 1.4mg | 257g |
鶏卵(全卵) | 50g(約1個) | 0.90mg | 250g |
豚ロース赤身・もも皮下脂肪なし | 70g(約1枚) | 0.49mg | 643g |
小松菜(生) | 100g(約1/3束) | 2.8mg | 161g |
ほうれん草(生) | 100g(約1/3束) | 2.0mg | 225g |
納豆 | 50g(約1パック) | 1.7mg | 132g |
凍り豆腐(乾燥) | 20g(約1個) | 1.5mg | 60g |
ひじき(鉄窯,乾燥/ゆで) | 20g(約小鉢1杯) | 0.54mg | 167g |
ひじき(ステンレス窯,乾燥/ゆで) | 20g(約小鉢1杯) | 0.06mg | 1500g |
1)鉄の推奨量6 ~ 11ヵ月男児5.0mg/ 日,女児4.5mg/ 日,1 ~ 2歳男女児4.5mg/ 日,本表では4.5mg/ 日で算出 2)推奨量を摂取するための必要量がビタミン
A の耐容上限量600μgRAE/ 日を超えるもの。科学技術庁資源調査会編「日本食品標準成分表2015年版(七訂)」2015年をもとに著者作成表。
堤ちはる;今,求められる子どもの食の支援授乳・離乳の支援(第65回日本小児保健協会学術集会 ミニシンポジウム)より
2)投薬治療
ヘモグロビン量11.0g/dl未満の貧血のある赤ちゃんには、インクレミンという鉄剤のシロップを投与します。
1ヶ月ほどで血液中の鉄の量(血清鉄)は上昇しますが、血液中の鉄の補給だけでなく、貯蔵鉄の補給も行うため(ストックの補充も必要です)、2ヶ月ぐらいは定期的に受診していただきながら、投薬を続けます。