BCGの溶解用生食水へのヒ素混入について
①発端
2018年11月2日から11月7日にかけて、各新聞がBCGワクチンの溶解用の生食水から、厚生労働省が認可しているヒ素の検出基準値を超えるヒ素が検出され、BCGの出荷が停止されていると報道しました(一例はこちら)。
2018年8月9日、日本ビーシージ-製造株式会社(以下BCG製造会社)が厚労省医薬安全対策課に、BCGワクチンを溶かすために使用する、生理的食塩水のヒ素濃度が、規格値以上になっていたと報告したのです。
ヒ素濃度は、規格値が日本薬局方規格 純度試験で0.1ppm以下と決められていますが、この濃度が最大0.26ppmになっていたというのです。
BCGワクチンの製造承認書では、生理的食塩水をアンプルに詰める前に純度試験を行うことになっており、特に問題はなかったのですが、今回アンプルに詰めた後の生理的食塩水の純度試験を行ってみた所、ヒ素混入が発見されたということでした。
しかも約10年前から、BCG製造会社は同じ製造方法、検査方法でBCGワクチンを製造おり、ヒ素の混入が続いていた可能性が強くなったのです。
②経過
BCG製造会社から報告を受けた厚労省は、ヒ素が混入したBCG溶液を接種された乳児にどのような影響があるか、国立医薬品食品衛生研究所安全性予測評価部で、評価を行いました。
まず、添付溶媒中のヒ素含有量を、誘導結合プラズマ質量分析で測定したところ(外部試験機関依頼)、三酸化二ヒ素に換算すると0.11~0.26μg(平均0.20μg)となりました。この結果から、添付溶媒(生食水)中に溶けているヒ素量は、0.0165μgから最大で0.039μgと確認されたのです。
すなわち、ヒ素が混入した生理的食塩水0.15ml中、最大混入量の0.26ppmのヒ素(三酸化二ヒ素として)が含有された、BCGワクチンを接種したとしても、体内に入るヒ素量は最大で0.039μgとなり、乳児では体重が5~10kgなので、ICH Q3Dの「医薬品の不純物ガイドライン」のヒ素(注射)一日許容量(1.5μg~3μg)の約1/38~1/77という微量となります。従って、安全性に問題はないと結論されました。
ICH(日米欧三極医薬品承認審査ハーモナイゼーション会議)とは、医薬品規制当局と製薬業界の代表が協働して、医薬品の規制に関するガイドラインを、科学的・技術的な観点から作成する国際会議のことです。ICH Q3Dは、この会議において作成されたガイドラインの一つです。(Q3Dは、こちらを参照してください。)
また、注射によるヒ素の一日許容量とは、生涯にわたって毎日ヒ素を注射したときの国際的な安全基準をいい、体重50kgの成人で、1日15μgと定められています。赤ちゃんは体重が5~10kgのため、成人量の1/5~1/10となり、1日1.5μg~3μgとなるのです。
また、BCGを受けた方ならよくご存じのように、0.15mlの生食水が全て体に入ることはなく、実際にはスポイトで1滴滴下して管針で押し付けるため、約0.03mlの生食水が使用されることになります。また、BCGは、生涯で1回しか接種しません。したがって、体内へ入るヒ素の量は、さらに超微量になるため、安全性には全く問題ないと考えてよいと思います。
③ヒ素混入の原因
ヒ素混入の原因は、BCGのワクチン粉末の方には問題なく、ワクチン粉末を溶かす 生理的食塩水0.15mlを入れてある、ガラスのアンプルに問題があることがわかりました。(BCGセット。右端赤矢印が生食水入りのガラスアンプル。写真はビーシージー製造株式会社のパンフレットから)
BCG製造会社の説明によると、生食水を入れるガラスアンプル容器の先端を800℃のガスバーナーで熱しながら容器を密閉するときに、アンプルガラスに含まれていたヒ素が溶け出して、アンプル中の生理的食塩水に交じってしまったのだそうです。このヒ素はガラスを製造する際に、泡消し剤として使用されているものでした。(ガラスの原料の解説はこちら。ヒ素の解説はこちら)
この検証結果を受けて、BCG製造会社はヒ素を含まないガラスアンプルに生食水容器を変更しました。その結果、ヒ素が基準値以下になり、またBCGワクチンの品質、有効性にも問題がないことが確認されたため、11月16日から新しい製品が出荷されることになったそうです。(BCG製造会社:乾燥BCGワクチン(経皮用・1人用)添付溶媒に関するお詫びとお知らせ)
この間、厚労省は医療機関や医師会等にはこれらの事実を全く情報提供しませんでした。
ヒ素は土壌や水中に存在しているため飲料水や食品にも微量のヒ素は含まれています。そのため私たちは毎日の食事からヒ素を摂取していることになります。特に、米、海藻に多く含まれます。(食事中のヒ素についてはこちら)
④今後の対応
安全性に問題はなかったとはいえ、現在のヒ素の含有量が日本薬局方の規格を満たさないことが明らかになったKH099~KH278のロット番号のBCGワクチンは当然ですが、今後は使用できません。
BCG製造会社によると新生理的食塩水に添付用溶媒を変更した、新たな製品(KH279~KH282)を11月16日以降の出荷を予定しており(前述)、12月には新しい製品でBCG接種を再開することが可能となりそうです。
新しいワクチン(KH279~)が納入された時点で、HP、ツイッター、院内掲示で患者さんに告知しますので、当クリニックかかりつけの患者さんはそれまでBCG接種はお待ちになってください。
(万が一、待機中に1歳を過ぎてしまいそうな方は直接、保健所にご相談ください。)
⑤終りに
安全性に問題はなかったとはいえ 基準値を超えるワクチンを、医療機関等、関係機関に全く告知もせず、3か月間も隠蔽し 流通させていたことは、国民の命と健康を預かる官庁として厳しく糾弾されなければなりません。
今回もまた、私たち接種医は新聞報道によって、はじめてヒ素混入の事実を知りました。日本薬局方の規格を満たさないBCGワクチンを、安全性に問題がなかったとはいえ、大切な患者さんに接種していたという自らの行為に大きな衝撃を受けています。患者さんには、申し訳なさでいっぱいです。
日脳ワクチン騒動以来、繰り返されている厚労省役人の相も変わらぬ秘密主義、責任逃れの卑劣な対応には、満腔の怒りをもって抗議したいと思います。
この厚労省の醜悪な対応は、予防接種の必要性を強く認識し、子どもの健康と未来のためにワクチンで防げる病気はワクチンで防ぎたいと日夜予防接種に注力している、多くの小児科医の熱意を裏切るものです。
日本医師会も小児科医会も、厚労省の今回の隠蔽行動に抗議の声を上げています(報道はこちら。医師会の声明はこちら)。厚労省にも国民の健康と子どもの未来のために全身全霊で行動する、気骨のある官僚は何時になったら現れるのでしょうか。本当に無念でなりません。
11月15日付で、厚労省はKH278以前のワクチンでも、病院内の生理的食塩水を0.15ml 正確に測れば、BCG粉末に溶かして使用してよい、という通達を出しました。(乾燥BCGワクチン(経皮用・1人用)の取扱いについて(留意事項))
これも一層混乱を増幅させる、非常に馬鹿げた通達です。KH278以前のワクチンのロットに、きちんと外部のヒ素の混入していない生食水を使用したという保証は誰がするのでしょうか。当クリニックはKH279以降の、新しい生食水の貼付されたロットのワクチンのみで、BCGの接種を行います。(2018.11.18)
11月20日、新しいKH282のロットのBCGワクチンが納入されました。
当クリニックは、11月26日より、新しいヒ素の混入していない、生食水が添付された、BCGワクチンを用いて、BCG接種を再開いたします。(2018.11.25)