ヒブワクチンについて      2009.4.4最終更新


Ⅰ.
ヒブとは?


①まず、ヒブ(Hib)とは?

ヒブとは、インフルエンザ菌b型の略称です。

インフルエンザ菌は19世紀末、インフルエンザ患者の喀痰から見つかったため、インフルエンザの病原菌と考えられ、この名が付けられました。 

しかし、現在ではインフルエンザはインフルエンザウイルスの起こす感染症であることが明らかになっており、インフルエンザ菌はインフルエンザとは直接関係はありません。
(上図。インフルエンザ菌の光顕写真。CDC.Hib Photosより)

インフルエンザ菌はグラム陰性桿菌と呼ばれる細菌群の一つで、莢膜(細菌の周りを覆う膜)の有無で、まず二つに大別されます。莢膜を有するグループ(有莢膜株)は、莢膜に存在する莢膜多糖体(PRP)という物質の性質(抗原性)で、さらにaからfの6型に分類されます。

このうちのb型を、インフルエンザ菌b型 
Haemophilis influenzae typeb 、略してHib=ヒブと呼びます。このHib=ヒブはインフルエンザ菌のなかで、最も病原性が強いグループとして怖れられているのです。
右図。「2007予防接種に関するQ&A」(細菌製剤協会)から転載。

②ヒブの感染経路

Hib(ヒブ、インフルエンザ菌b型)は、しばしばHibを持っている人(保菌者)の咳、くしゃみとともに、鼻やのどから侵入してきます。そして鼻、のどにとどまり、そこで繁殖します。

しかし通常は、全身に影響を与えることはありません。

ところが、時として、ヒトの防衛ラインを突破し、血液中に侵入し菌血症を起こし、血液を介して全身に広がり、髄膜炎、肺炎、喉頭炎など多彩で、深刻な病気を引き起こすことがあります(全身感染症)
(右図。「2007予防接種に関するQ&A」(細菌製剤協会)から転載。)

どのような機序でHibが血液中に侵入するのかは、現在まだはっきりと解明されてはおりません。

③乳幼児の細菌性髄膜炎

このHib(ヒブ)の全身感染症のうち、最も恐ろしいのは、髄膜炎です。

1994年、小児の入院施設を対象とした行われた、乳幼児の細菌性髄膜炎の全国調査では、インフルエンザ菌が43%と他の細菌を引き離して、ずばぬけて多いことが明らかにされました。(上原ら。下左図)

また、上原らによる、千葉県のHib髄膜炎と全身感染症の調査だと、5歳未満の人口10万人あたりの罹患率は増加の一途をたどっており(上原ら。下右図)、2005年の調査では10万人対で10を超え、ヒブワクチン導入前のヨーロッパの患者数に接近しています。

2005年の感染症発生動向調査によると、全国450の基点定点から報告された細菌性髄膜炎は309例で、病原体の報告があった患者の約40%がHibでした。

現在明らかにされている、わが国のHib髄膜炎の特徴は、 

 ① Hib=ヒブは新生児期以後の髄膜炎の原因菌の第1位です。Hib髄膜炎の発病者は、各種調査により、大体全国で年間500~600人と推定されています。(これは、2ヶ月~5歳児の1/2000がかかっているという計算になります。) 

 ② 患者の年齢は0歳台の乳児が53%と最も多く、0~1歳で70%以上を占めています。

発病のピークは生後9ヶ月で、逆に5歳以上は発病はまれになります。
(この年齢になるとインフルエンザ菌に対する抵抗力が作られるためのようです。) 

 ③ 死亡は約5%(20人に1人は死亡します)で、20~30%にてんかん、難聴、発育障害などの後遺症を残します。 

 ④ 初期症状は発熱、嘔吐、元気が無いなど、かぜ症状と変わりなく、早期診断が困難で、しかも急速に病状は進行します。

 ⑤ 近年抗生剤への耐性が急激に進み、また病状の進行が早いため、抗生剤での治療が困難になってきています。 (詳細後述) 

細菌性髄膜炎の原因菌と予後(上原らの調査) 千葉県における小児インフルエンザ菌感染症の罹患率(上原ら)
 *第一製薬「ワクチンインフォーメーション」Vol.2、No.12から引用。
④ヒブワクチンについて
 
以上みてきたように、かぜと初期には見分けがつかず、しかも症状が急激に悪化し、抗生剤も十分には効かない例が少なくない、そして死亡したり後遺症が高率に残る、恐ろしいHib髄膜炎にはワクチン (ヒブワクチン)による予防が合理的であり、世界中で認められている最も有効な方法です。

①なぜ、Hibワクチンの導入が日本は遅れたか

1980年代、Hibワクチンが登場した頃、日本ではインフルエンザ菌b型の患者が欧米に比べて少数でした。また、新しい抗生剤が次々と登場し、インフルエンザ菌は抗菌剤で十分治療できると考えられていました。そのため、Hibワクチンの導入が見送られてきたのです。

しかしその後、Hib感染症はわが国でも増加し、1996年の全国調査では、5歳未満の小児500~600人がHibなどの髄膜炎にかかっていました。

また、千葉県の研究者の調査で1985年から10年間で、Hibの5歳未満の人口10万人あたりの罹患率は5倍以上に増加し、2005年の調査ではさらに10万人対で10を超え、ヒブワクチン導入前のヨーロッパの患者数に接近したことが明らかにされました(上記図表参照)。

 さらに追い討ちをかけたのは、Hibの抗生剤耐性化です。2000年以降、Hib髄膜炎の治療薬のABPCだけでなく、CTXにも抵抗性を持つ、BLNARなどの耐性菌が増加し、抗生剤治療が困難になってきました。

このような状況下で、2007年1月26日、Hibワクチン(アクトヒブ)はようやく厚生労働省によって、製造販売が承認されました。


②諸外国におけるHibワクチンの効果

では、このワクチンはどのくらいHib髄膜炎に効果があるのでしょうか。

実はこのワクチンの効果は驚異的で、1980年に1万5000人いたアメリカの髄膜炎患者は1995年には86人に、500人いた髄膜炎の死亡者は5人に激減しました(1990年からアメリカで接種が開始されました)。(右図。第一製薬「ワクチンインフォーメーション」Vol.2、No.12から引用)

一方ヨーロッパでも、ドイツではHib髄膜炎の5歳未満の人口10万人あたりの罹患率がワクチン導入前(1991年以前)の23から、ワクチン導入後(1992~1993年)には1.9に、オランダでもワクチン導入前(1992年以前)の22が、ワクチン導入後(1992~1993年)には0.6まで劇的に減少しています。

このようなHibワクチンのすばらしい効果を見て、
WHOは1998年に、「結合型Hibワクチンについて、明らかになった安全性、有効性を考慮すると、国家的な実施能力と優先度において、乳児の定期接種プログラムに加えるべきである」と声明しました。(→WHO声明全文

その結果、Hibワクチンは世界中で100カ国以上が導入し、92カ国で定期接種されています。そして、Hibワクチンが導入された国々では、恐ろしいHib髄膜炎はほぼ根絶されました。ところが、麻疹騒動のときもそうでしたが、一人日本だけ(全世界から背を向け、北朝鮮と並んで)Hibワクチンが認可されない、情けない状況が続いたのです。

③なぜ、Hibワクチン認可が遅れたか。
 
1)2003年、Hibワクチン承認申請が出されたとき、ちょうど行政改革で、ワクチン承認審査を行う「医薬品・医療機器審査センター」が独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」に改組されたため、審査が半年先送りされ、さらに遅々として審査が進まなかったのです。

2)さらに、ヒブワクチンに含まれているエンドトキシン量が、日本の生物学的製剤基準値100EU/容器を超していたため(WHO許容濃度は250EU/容器)、これを日本の基準値に適合させるのに時間がかかりました。

3)もうひとつ、ヒブワクチンはその製造過程で、アメリカ産の牛血液成分を初期に使用するため、TSE(伝染性海綿状脳症)のリスクを危惧する意見もありました。

しかし、この成分は高度に精製されており、TSEの危険はほとんど完全に無視できること、実際過去14年間に世界中で約15000万回の接種が行われていますがTSEの報告は1例も無いことから、接種前にインフォームドコンセントをきちんと行うことで承認されることになったのです。

④アクトヒブについて

2007年1月26日、厚生労働省によって、製造販売が承認されたHibワクチンは、アクトヒブ(サノフィパスツール第一ワクチン社)です。このワクチンはフランスで日本仕様に生産され、日本で発売されるフランス製のワクチンです。

アクトヒブは、インフルエンザ菌b型から精製した莢膜多糖体(PRP)に破傷風トキソイドを 共有結合させて効果を高めた、小児用の結合体ワクチンです。

予防できる病気 は、インフルエンザ菌b型(Hib)による全身感染症、特にHib髄膜炎です。

よくHibワクチンのことを細菌性髄膜炎ワクチンと呼ぶ人がいますが、細菌性髄膜炎の病原菌とワクチンにはそれぞれ、Hib→アクトヒブ、肺炎球菌→PCV13(プレベナー)、髄膜炎菌→髄膜炎菌ワクチン(2価、4価)があり(髄膜炎菌ワクチンは、日本では現在接種できません)、アクトヒブはあくまでHib感染症を予防するワクチンです。

4価髄膜炎ワクチンは2015年認可されました。→メナクトラ


Ⅱ.ヒブワクチン接種の実際

①接種スケジュール

アメリカでは、2、4、6ヶ月に3回と12~15カ月に追加1回の計4回接種するスケジュールになっています。わが国では、DPTにあわせて、接種スケジュールを組むのが良いでしょう。

①Hibワクチン接種が可能になったとき、生後2ヵ月から7ヶ月未満の年齢のお子さま

DPTは3ヶ月からなので、3ヶ月過ぎたら、なるべく早期にDPT+Hibを開始したほうが良いでしょう。

Hib髄膜炎発症のピークは生後9ヶ月なので、生後6ヵ月ごろまでに3回接種を完了させておくことが大切と思われます。

BCGと競合するため(BCGも6ヶ月までが標準的な接種年齢)、DPT+HibとBCGの接種の順番はかかりつけの先生と相談されると良いでしょう。ポリオは後回しで構いません。

 初回免疫
 4~8週間隔で3回皮下注(3週間隔でも可)。DPT1期初回接種時に反対側の上腕に接種。
 追加免疫
 初回免疫終了後、おおむね1年後。DPT1期追加接種時に反対側の上腕に接種。

②Hibワクチン接種が可能になったとき、生後7ヶ月 ~12ヶ月未満の年齢のお子さま

すでにHib髄膜炎発症のピークが迫っていますが、まだ髄膜炎のリスクは高いため、初回2回+追加1回の接種をDPTにあわせて、行ったほうが良いでしょう。

もしもDPT接種が終わっていれば、単独接種、ないしはインフルエンザワクチンなど他のワクチンとの同時接種も考慮して良いと思います。

 初回免疫
 4~8週間隔で2回皮下注(3週間隔でも可)。DPT1期初回接種時に反対側の上腕に接種か、単独接種。
 追加免疫
 初回免疫終了後、おおむね1年後。DPT1期追加接種時に反対側の上腕に接種か、単独接種。
 
③Hibワクチン接種が可能になったとき、1歳 ~5歳未満の年齢のお子さま

Hib髄膜炎にかかる頻度は減りますが、1回接種し、抗体を高めておくことをお勧めします。

 初回免疫
 1回皮下注。単独接種か、DPTなどのワクチンと反対側の上腕に同時接種。

②ヒブワクチンの副反応

2000年から2002年に行われた、わが国のヒブワクチンの副反応の臨床試験では、深刻な副反応は無く、ほとんどの副反応は接種後2日までに出現し、3日以内に軽快しました。また、接種回数によって、副反応の頻度が増加することはありませんでした。

局所反応: 発赤44.2%、腫脹18.7、硬結17.8
全身反応: 発熱
2.5、不機嫌14.7%、食欲不振8.7、下痢7.9%、不眠9.8

③ヒブワクチン接種費用

アクトヒブは2008年12月19日より発売され、当クリニックでも2009年1月から希望者に接種を始めています。しかし、残念ながら任意接種のため、接種料金がかかります。また、予防接種法による補償はありません。(生物由来製品感染等被害救済制度は適用になります)

ヒブワクチンが定期接種になれば接種費用は無料となり、万が一のワクチンの副反応による健康被害が生じても、予防接種法による補償が受けられます。Hib髄膜炎の深刻さ、Hibワクチンの有効性を考えれば、一刻も早い、接種開始とHibワクチンの定期接種化が望まれます。

品川区では2009年4月1日より、1回接種につき3000円補助が行われることになりました。他の地域でもヒブワクチン接種費用の助成が受けられるよう、地方自治体関係者や地方議会議員に積極的に要望を出しましょう。


2009年4月より、当クリニックは
「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」の行っている「ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチンの早期承認、定期接種化を求める請願」署名運動に賛同し、クリニックとして署名運動を始めました。

ヒブワクチンの定期接種化を望むすべての保護者の方は、同会の行っている署名運動に協力し、署名を送りましょう。

参考資料:「2007予防接種に関するQ&A集」(社団法人 細菌製剤協会)「ワクチンインフォーメーション」Vol.2、No.12(第一製薬

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