日本脳炎ワクチン勧奨差し控えの経過

Ⅰ 発端

2005年5月30日の読売新聞朝刊に、「日本脳炎ワクチン接種中止へ」という一面大見出しの記事が掲載されました。他の新聞には同内容の記事はない読売のスクープであったため、始めは記事の真偽を疑う声もありました。(
2002年4月19日にも読売新聞は、『ポリオ生ワクチン中止-「不活化」接種に転換』という大誤報を行った前科があったからです

ところが今回は本物の厚労省と読売新聞の「連携プレー」であり、日脳ワクチン中止が現実のものであることが次第に明らかになっていったのです。

その日のうちに厚生労働省健康局結核感染症課長名の勧告が品川区を含む各地方自治体にFaxされ、それを受けて品川区から医師会に「日本脳炎ワクチンの積極的勧奨の差し控えについて」という文書が通達されました。

その内容は
①2005年5月、疾病・障害認定審査会において、現行の日本脳炎ワクチンと、重症のADEM(後述)の発症に因果関係が認められるという答申が出され、5月26日、厚生労働大臣が健康被害を認定した。

②従来、ADEMという病気の日本脳炎ワクチン以外での被害救済例は2例であるが、日本脳炎ワクチンでは14例もあり今回は重い例だったので、よりリスクの低いことが期待されるワクチンができるまで、現在のワクチンは勧めないことにした。

③流行地へ渡航する場合、蚊に刺されやすい環境にある場合等、日本脳炎に感染するおそれが高く、本人又はその保護者が希望する場合は、効果及び副反応を説明し、同意書を得た上で、現行の日本脳炎ワクチンの接種を行うことは問題ない。

④日本脳炎の予防接種を継続することは必要なので、よりリスクが低いと期待される、現在開発中の組織培養法による新型ワクチンが供給できる体制が整ったら接種勧奨を再開する予定。

⑤念のため、戸外へ出るときには、できる限り長袖、長ズボンを身につける(!)等、日本脳炎ウイルスを媒介する蚊に刺されないよう注意してください。
というものでした。

これは厚労省としては日本脳炎ワクチンを勧めないが、保護者が望む場合には接種してもかまわない。

また万が一の健康被害は救済する、という内容だったのです。それに加えて、ADEMとはどのような病気か、解説されたパンフレットまで添えてありました。

Ⅱ その後の展開

厚労省から何ら事前の連絡のない、新聞辞令に始まる、突然の日脳中止の「通告」に医療現場は大混乱しました。

お母さまの質問に何ら答えることのできない、あるいは親が決めろと逃げ回る、ひどいところでは日脳ワクチン接種そのものをわけもわからずに止めてしまう等々、まことに危機の時にこそ、ふだんの営業用の「やさしさ」に隠されている、その医療機関の本当の実力(医師の医学知識のレベル、クリニックの診療レベル)が明らかにされたといってもよいでしょう。

当クリニックは医師会からの連絡後、日脳ワクチンの効果、副反応(ADEMを含む)についてただちに詳細な院内掲示を行い、日脳ワクチンを希望するお母さま、お子さまについては承諾書をいただいて、引き続き接種を続けました。

ところが、2005年7月1日より東京都医師会、特別区代表、東京都の「三者協議会小委員会」で、厚労省の通達よりさらに踏み込んだ以下の対応がとられることに決まりました。

品川区においても、 
1.今後、定期の予防接種である日本脳炎ワクチン接種の個人への案内を新たに通知しない。 
2.既に接種記録票が手元に届いている保護者には広報等で、定期の予防接種である日本脳炎ワクチンの接種を差し控えるよう説得する。 
3.(それでも)接種を希望する保護者については、
①日本脳炎が流行する中国、ベトナムなど外国に行く予定があり、
②保健所で予防接種担当者(医師)から十分な説明を受けた上で、
③接種を希望する場合には説明した区職員が「説明書」に署名し、保護者が「同意書」に署名等を記載する。
④日脳ワクチンを接種可能な予防接種委託医療機関(当クリニックを含む)で接種する。

ということになりました。

当クリニックにおいても、この決定を受けて、現在の東京では、お子さまが日本脳炎に感染している蚊に刺される可能性は低いため、新しい組織培養型の新型ワクチンが登場するまで(2006年夏には再開されるという話でした)、外国に渡航する方以外の日脳ワクチン接種は休止することにしたのです。

Ⅲ 深まる疑問

しかし本当に日本脳炎ワクチンは中
断してもよかったのでしょうか。

ワクチン反対派(中立を装う、一部の隠れ反対派の新聞記者も当然この集団に含まれます)は、この厚労省の「通達」に凱歌をあげたことでしょうが、こどもの健康を守るため、日脳ワクチンを接種してきた当クリニックは、大きな疑問を抱かずにはいられなかったのです。

現行の日脳ワクチンは、わが国の長年にわたる品質改良の努力によって、その安全性と有効性が確立した優れたワクチンです。そしてその品質の優秀さから、WHO(世界保健機関)が日本脳炎の予防に使用することを認めているワクチンです。WHOはこの日脳ワクチン中断にコメントし、
日本ではADEMの事例報告以後接種見合わせをしているが、ワクチン安全性に関する世界助言委員会(the Global Advisory Committee on Vaccine Safety)の最近の結論では、「マウス脳ワクチン接種でADEM発症リスクが増加する明確な証拠は得られておらず、従来のマウス脳ワクチン接種奨励の勧告を変更する理由はない」と述べているのです。(原文はこちらP.331~参照)。

WHOの新しい方針説明書の全訳を下記に引用します。(愛知県衛生研究所、WHO疫学週報抜粋抄訳より)


日本脳炎(日脳、JE)ワクチン
WHOの新しい方針説明書(Position Paper)。定期的に各ワクチンについてWHO発表。今回は日本脳炎。

1)概要と結論:日脳はアジアにおける最も重要なウイルス性脳炎であり、毎年少なくとも5万例が罹患、10歳以下小児全体で死亡1万例、重症後遺症例が1万5千に及んでいる。最近数十年、いくつかの非流行地区だった地域に流行が拡大、話題になっている。蚊が媒介、豚や水鳥が増幅動物である。不顕性感染が多く発病は感染者250―500名当り1名、特異的抗ウイルス剤はない。

蚊対策、環境整備も重要であるが基本的にはワクチン接種が対策の中心でマウス脳増殖ウイルス不活化ワクチン、培養細胞増殖ウイルス不活化ワクチン、培養細胞増殖弱毒変異株生ワクチンの3種類が使用されているが、現在も新しいワクチンが開発されている。
地域特性に応じた日脳ワクチンの一般定期接種への組み込みも非常に重要な課題である。
不活化日脳ワクチンはマウス脳由来であれ、培養細胞由来であれ、小児で有効性も安全性も非常に高いと考えられる。マウス脳由来ワクチン接種後、ADEM(急性散在性脳脊髄炎)や重症アレルギー反応が発生した報告が非常に稀にあるが、ワクチン接種の利点を考慮するとこれらの報告でもって日脳ワクチン接種を延期すべきではなく、継続を勧告する。

2)背景:前述のように蚊が媒介する人畜共通感染症。温帯から亜熱帯、熱帯に分布、最近ではオーストラリアのトーレス海峡諸島に拡大。流行地の居住人口は約30億、温帯では流行期は4―5月から9―10月、熱帯では雨期。15歳以下が罹患の主体であるが地域によっては年長児から成人が罹患。潜伏期は4―14日、急激な発熱、悪寒、筋肉痛、頭痛、意識障害、項部硬直、腹痛と嘔吐が初発症状で痙攣も多い。軽症例もあるが急激な重症化や死亡、後遺症例も多い(前述)。

3)病原:単鎖RNA、フラビウイルス(アジアでは他にデング熱ウイルス、西ナイル熱ウイルスなど)。実験室内診断は血清抗体検査で発病7病日以内のIgM補足酵素抗体法。他にペア血清による抗体上昇、ドットブロットIgM検出などが利用される。血液や脳からのウイルス分離培養は陰性のことが多い。

4)感染防御レベル:血清中和抗体価で1:10以上あれば有効。

5)ワクチン:①マウス脳不活化ワクチン:中山株ウイルスと北京株ウイルスが利用されている。アジアの数カ国で製造され認可されて各国で広く使用。ウイルス増殖は中山株が良好、人における有効性は両株に差なし。皮下接種。初回0.5―1ml、基礎免疫として1―2週間隔で2回接種した場合1歳以上の小児で接種後94―100%に防御中和抗体獲得。母体由来の抗体残存を考慮して接種は生後6ヵ月以降とする。アジアの多くの国では基礎免疫は4週間間隔で2回、1年後追加接種1回のスケジュールを採用している。国によりその後10―15歳まで3年間隔で追加接種。非流行地からの旅行者には基礎免疫3回(0、1、28週)か2回(4週間隔)、追加接種は1年後1回実施。台湾とタイの試験ではDTP三種混合と同時接種した結果は良好であった。

マウス脳ワクチン接種後のADEMに関しては、5万-100万接種で1例の報告があるが確定的な研究報告はない。日本ではADEMの事例報告以後接種見合わせをしているが、ワクチン安全性に関する世界助言委員会(the Global Advisory Committee on Vaccine Safety)の最近の結論は、「マウス脳ワクチン接種でADEM発症リスクが増加する明確な証拠は得られておらず、従来のマウス脳ワクチン接種奨励の勧告を変更する理由はない」であった。

②培養細胞増殖ウイルス不活化ワクチン:中国でハムスター腎細胞初代培養増殖北京株不活化ワクチンがまず認可され、最近はベロ細胞増殖ウイルスワクチンが認可された。フォルマリン不活化ワクチンで中国で毎年実施される基礎免疫接種に使用。防御効果の持続が比較的短い。安価で安全性良好。これまで5千5百万接種が中国本土で実施、弱毒生ワクチンに替られつつある。

③細胞培養弱毒変異株生ワクチン:日脳ウイルスSA14―14―2株(培養細胞について記載なし)。神経毒性のない変異株で毒性の回復はなく、培養細胞の潜在ウイルスも検出されていない。2回接種が原則だが1回でも免疫獲得良好。最近は毎年5千万接種量以上が接種され、安全性良好(1万3千名以上の無作為抽出接種者の接種後30日間のモニタリングで脳炎や髄膜炎の発症なく、発熱などの頻度は対照群と差はなかった)。

 ④新しいワクチン:生ワク株SA14―14―2ウイルスと黄熱ワクチン17-D株の組替えワクチン(ベロ細胞培養)が開発され、治験が進められている。安全性、有効性共に有望視されている。

6)
WHOの方針:培養細胞増殖弱毒生ワクチンの有効性、安全性は有望であり開発研究の進捗が期待されるが、一方で日脳対策としての不活化ワクチン普及は重要であり、製造・接種は続行されるべきである。 (文責:磯村)          
2006年8月25日(81巻34・35号)                                           引用終わり 

また、定期接種における健康被害の認定数でも、日脳ワクチンが他のワクチンに比べて特段多いということはありません。

ここでさらに参考資料を提示します。
この資料は2004年7月23日に行われた、「日本脳炎に関する専門家ヒヤリング会議議事録」という、厚労省主催の会議の全議事録です(原文は厚生労働省のホームページで公開されています)。

日本脳炎ワクチンについて、各専門家(若干1名、専門家でない方が混じっていますが)が見解を述べています。ワクチン反対派が送り込んだ活動家「医師」を除いた、7人中6人の専門家が日脳ワクチン接種は必要だと述べています。


 したがって、天然痘であるとか、これから起きるであろうと思われるポリオのように病原体が全くなくなってしまったということが確実になった疾病に関しては行政上、十分な責任をもって予防接種をやめても、これは大丈夫であろうというのは私の意見なんですけれども、今日の御発表を聞いてみると、どうも病原体がまだまだありそうであるというようなこと。

それから、更にいろんな病気がまだ、それを絡みでジェノタイプも変わってきたりするようなこともありそうであるというようなことも勘案してみると、どうも病原体が駆逐されていない、また、豚の汚染度もありそうだというようなことから考えますと、もう病気がないからとか、病気がおさまっているからとか、しかも百日咳よりももっと不完全な意味でのワクチンによる副作用との関連性とか。

そういうものから絡めて、
この日本脳炎の予防接種はもうやめようという考え方を国がすることはちょっと危険ではないかというふうに私個人としては考えております。(加藤聖マリアンナ医大横浜西部病院院長)

 一方で自然感染を受けている人がどのくらいあるかという話も、さっき森田先生のお話の中にあったと思うんですが、私が学会で伺った話では、例えば兵庫県界隈で年間、人口の1割ぐらいが新しく感染を受けているという計算をしておられました。

年間1割の人口が感染を新しく受けているとすれば、やはり今、日本でワクチンをやめるわけにはいかないだろうと思うんですが、ただ、ジェノタイプが変わったとか、それから、脳炎を発生するような意味での病原性が今、日本に主にいるウイルスでは減っていのかどうか等々、いろいろ教えていただかなければいけないと思っております。(平山母子愛育会・日本子ども家庭総合研究所長)

 現実に、それは場所によっても違いましょうし、例えばそれを1%というふうに下げたとしても、100万人いたら10人ぐらいの日本脳炎の患者が出ても、ちょっと抑え気味に考えてもおかしくないかもしれないと、現実にはそんなに出ていないということを考えると、勿論、先ほど蚊の話が出ていまして、それから生活環境。それから勿論、30年前の子どもと今の子どもの、いわゆる免疫状態ですね。 栄養の状態とかも含めたベーシックな非特異的な免疫用途も含めた免疫ということも、確かにある程度よろしいでしょうから、それも関わると思いますが、やはりそういう意味では、本当はもっと出てもおかしくない。

ということは、やはりワクチンがそれなりにというか、かなり防御にといいますか、日本脳炎を減らすことに貢献しているということは、私はそういうふうに考えてよろしいのではないかと思っております。(倉根国立感染症研究所ウイルス第一部部長)


 
それに関してですけれども、私の発表の中で言いましたけれども、日本脳炎というのは、やはりアジア全域という視野で考えなければいけないと思います。

アジアではまだまだ大流行中でありますし、実際、おととい中国から電話をいただきまして、日本人が熱が出て、神経症状が出て、どうも日本脳炎らしいですね。ですから、日本人で東南アジアに旅行している人の数が幾らであるのかということを考えてみた場合に、何百万人になるのではないかと思います。そうする状況の下では、
県単位で減ったとか増えたとかというよりも、アジア全体の問題として考える視点もやはり必要ではないかというふうに考えます。

私、東南アジアのことを申し上げたのはそういう視点も必要でありますということで申し上げたので、日本の現状を考えても西日本から九州、沖縄に至るところは、まだ私自身はワクチンをやめる段階には達していないというふうに思います。ですから、それは今、その地域で生活しておられる子どもたちにも、やはりまだ必要になるのではないかというふうに私は判断しています。

とはいえ、例えば
現行ワクチンに非常に重篤な副作用があるとすれば、それに無感心(原文ママ)ではいられないわけでありますけれども、特にこのADEMの問題はマスコミに情報公開で発表されまして6例ということで、我々の方にもいろいろ取材とかありましたけれども、400万人ぐらいに打って6例ということは、大体100万人に1.5人です。

先ほど宮崎先生がおっしゃった自然発生といいますか、
ADEMの発症率、3.8人/100万人ですね。これだと、本当にワクチンの因果関係というのが統計的にサイエンティフィックには全く検討不能ですね。ですから、これに対しては最終的には結論をもらうというのは難しいと思うんです。(森田長崎大学熱帯医学研究所教授)

 
日本はやはりうまい具合にというか、確かに日本脳炎はかなりコントロールできてきていると思うんです。それで今、患者さんの数も少ない。しかし、一方ではアジアではまだまだ日本脳炎は多いし、実際にはワクチンも行き渡っていないところも多い。(岡部国立感染症研究所感染症情報センター長)

 ちょっと話が変わりますけれども、私、今日6例、(日脳ワクチンの副反応によるとされた)症例を一応お出ししたわけですけれども、それで感じたことを少し追加してお話ししたいと思います。

我々、これをやっていますと6例というのはびっくりして、今回のこの会議の始まったきっかけにもなったわけですけれども、
実際にデータを見ますと非常に不確かな部分でデータが出ているという部分があるということを今日は強調したかったわけですけれども、その中でいろいろな意見があるんですけれども、1つは、この不活化ワクチンだから予防注射に関係するだろうというふうな形でADEMだというふうな診断が入るような部分があるとか、だから、前に予防注射やっているからこれはADEMでしょうと逆の診断が付いているとか、それから、もう一つは先ほどの宮崎先生からのお話のように感染症と、それから予防注射とADEMの相関関係というのは、因果関係というのは全く決定できない、わからないものだと。

ただ唯一、このデータがある程度信頼できるというふうに思うのは、それぞれの神経のかなり高度の医療機関で一応ADEMだという診断を付けられたという、それだけでADEMという診断が付けられたんだろうというデータの形を私はしっかり読んでいただきたいと。だから、
ADEMがこんなにもあるんだから、すぐ予防注射のせいだというふうなひとり歩きを是非防がなくてはいけないと。 だから、本当の意味でADEMと、それから予防接種の関係というのはまだまだ解明しなければならぬことがあるのではないかという印象があります。だから、一人歩きのデータというのが非常に気になるということでございます。それが一つの印象でございます。(大矢立教大学診療所長)

 直接、ワクチンの接種には関係ないのですけれども、こういう日本脳炎、それから先ほど出たウエストナイルもそうですけれども、蚊が媒介する疾患というのは、一度蚊が大発生してしまうと、蚊の駆除というのは非常に難しいんです。ですから、そういう意味からおいても、そのベクター(媒介昆虫。蚊のこと)を駆除する前に防御ができれば一番よろしいと思うんです。

……それから新潟の豪雨、こういう夏の豪雨のときには必ず、その後、蚊の大発生が、今までも起こっております。
ですから、我々も非常にそれを懸念しているんです。そういうこともありますので、是非ワクチンの直接効果ばかりではなくて、こういうベクターが必要とする病気というのはベクターが大発生して、患者が大発生してからでは抑圧は非常に難しいということを一つ念頭に置いていただければと思います。(渡辺富山県衛生研究所研究員)

このようにほとんどの専門家が、
①日脳ワクチン接種の継続は必要、
②日脳ワクチンは有効、
③日脳ワクチンと(副反応とされる)ADEMの因果関係は明らかではない、
と述べているのに、厚労省は2005年5月に突然ADEMを理由に、積極的な勧奨を行わないと決めてしまったのです。

厚労省は中断の理由として、新しい組織培養法によるワクチンの開発を挙げ、この新型ワクチンには、マウス脳が含まれていないので、理論的にADEMは起こらないと上記通達で説明しています。

しかし多くの人が疑問の声を上げているように、そして大矢教授が日脳ワクチンヒアリングの場で詳細に明らかにしたように、現在の予防接種健康被害の認定のあいまいさ(否定できない場合は認定される)から考えても、新型ワクチンになったからADEMの訴えがなくなるとはとても思えません。現にマウス脳を製造上用いていないインフルエンザワクチンにおいてすら、ADEMは副反応の一つにあげられているのです。

また、組織培養法による新型日脳ワクチンが、現在の日脳ワクチンに比べて副反応が少ないということを示すデータは何もないのです(現に、そのために2006年承認されませんでした)。

この厚労省の唐突な決定には、同時期に行われたエイズ裁判での、当時の厚生省生物製剤課長の「行政上の不作為」による有罪判決が、大きく影響したという見方もあります。

Ⅳ 最新情勢

① 新型組織培養型ワクチンは不承認に

2005年5
月の時点の厚労省の説明では、2005年から1年程度の中断で、2006年夏には新しい日脳ワクチンが供給され、勧奨接種が再開されるはずでした。

ところが、ワクチン製造メーカー2社(阪大微研、化血研)から出された、組織培養型の新型日脳ワクチンは、2006年の審査で何と不承認になってしまったのです。その不承認の理由は、抗体の上がりが良すぎる(?)ことと、局所の腫れが新ワクチンのほうが多かったという点でした。そのため、新しいワクチンはさらに抗原を薄めて治験のやり直しとなり、さらに数年間、はやくても2009年までは供給されない情勢になったのです。(何故抗体の上がりが良いと承認されないのか、理解に苦しみますが)

② ワクチン未接種の3歳6ヶ月の男子が日本脳炎を発病

そして、さらに医療関係者に衝撃を与える事件が起こりました。日脳ワクチンの事実上の接種中断が続く2006年9月、
熊本県で3歳6ヶ月の男児が(当然日本脳炎ワクチン未接種でした)日本脳炎にかかってしまったのです。実に5歳以下の幼児では1991年以来、15年ぶりの発病でした。その1ヶ月前には、関東地方の茨城県でも、19歳の少年も日本脳炎に罹患していたのです(報告は2007年3月。広島県から行われました)。(詳しくはこちら

2004年のヒアリングのときに専門家達が口々に述べていた、ワクチンをやめれば日本脳炎が再流行するかもしれないという警告が中断後はや1年で現実味を帯びてきたのです。

③ 厚労省の迷走とたび重なる責任逃れ

新しいワクチン供給の目途が立たず、現実に日脳患者が発生し始めた事態に、厚労省結核感染症課の役人は、微妙にスタンスを変え始めました。彼らもあまりにも杜撰な対応が招いた現実に、自分自身で怖くなってきたのです。

すなわち、ADEMと関連するからお勧めしないと、当初は切り捨てていた現行の日脳ワクチンを、自分達(厚労省の役人)は国としてお勧めしないだけで、希望者が自己責任で現行ワクチンを打つのはさしつかえないと言い出したのです。さらにご丁寧に、地方自治体の担当者に対して、日脳ワクチンの希望者には接種できるよう配慮すること、と通達を出したのです。

板ばさみになったのは地方自治体の担当者です。東京でも、2005年の東京都医師会、特別区代表、東京都の三者協議会で厚労省の意を汲んで、「積極的な勧奨をしないということは、接種しないということです」などと原則中止にしてしまったために、足場をはずされる形になってしまったのです。

しかしその一方、このまま積極的勧奨中止が続けば、7歳半(90ヶ月)、13歳を過ぎてしまったお子さまは、もはや日脳ワクチンの定期接種(1期、2期)の「接種が定められている年齢」を過ぎてしまいます。この年齢集団に、新しい組織培養型のワクチンが接種できる体制になっても、救済処置として特別に接種を考慮することはない、と厚労省の役人ははっきりと断言しています。自治体には配慮せよ、の連発のくせに、自分達はいっさい何もせず、知らんぷりをするということなのでしょうか。

④ そして、日脳ワクチンもなくなった

ところが麻疹騒動(2007.5月)のときもそうでしたが、今回も急激に日脳ワクチン(現行の)が姿を消してしまったのです。2007年4月ごろから日脳ワクチンの供給は滞りがちになり、時とともに供給量は減り続け、7月29日現在、日本中で流通している日脳ワクチンはほぼなくなってしまいました。
すでに日脳ワクチンは、接種しようにも医療機関の手に入らなくなってしまったのです。

厚労省の通知では、平成19年1月から5月7日までの全国出荷量 13万本、平成19年5月7日現在の全国在庫数量 23万本、今後の供給予定量 19万本(昨年全国販売量(年間)22万本)の現行の日脳ワクチンが流通するはずでした。しかし、現実には日脳ワクチンは、もう各医療機関が保有している分しか残っていないのです。

もともと現行の日脳ワクチンは、2005年積極的勧奨がはずされた後は新たな製造は行われておらず、現在流通しているワクチンは凍結保存してあったバルク(ワクチンの原液のようなもの)から作られてきました。そのため、来年には使用できる有効期限が切れて、いずれにしろ、来年中に使用できるワクチンはなくなる運命だったのです。

ところが、定期接種であり、前出の平成18年8月31日の厚労省健康局結核感染症課長通知(健感発第0831001号)の「定期の予防接種における日本脳炎ワクチン接種の取扱いについて」でも 「定期の予防接種対象者のうち・・・日本脳炎に係る予防接種を受けさせることを特に希望する場合において市町村は、当該保護者に対して、予防防接種法(昭和23年法律第68条)第3条第1項の規定により、定期の予防接種を行わないこととすることはできないので、その旨留意すること。」などと通達しているにもかかわらず、厚労省の担当責任者は無為無策でただただ日脳ワクチンが枯渇していく状況を傍観していたのです。

⑤ 「ワクチン」から「蚊取り線香」へ-厚労省の日本脳炎対策

新しいワクチン供給のめどが立たず、現実に日脳患者が発生し始め、しかも世界上から認められている(Ⅲ.深まる疑問‐
WHOの新しい方針説明書(Position Paper)参照)現在の日脳ワクチンを、もはや生産できない状態に追い込み消滅させた厚労省結核感染症課の役人が最後に行ったことが、次のポスターです。
  
厚労省結核感染症課が日本脳炎対策につくったポスター→蚊が狙っている

優秀なワクチンを製造できるメーカーと技術を持った先進国であるにもかかわらず、日本の子どもは日本脳炎に蚊取り線香と蚊帳(かや)で備えなければならないようです。

⑥ 麻疹流行の次は日脳?→迫り来る日本脳炎の流行

積極的勧奨中止により、日脳ワクチンの接種率は大幅に低下してしまいました。また、新しいワクチンが供給されない限り、もはや日脳ワクチンの接種を行うことはできない状況です。その結果、日本脳炎ウイルスに対する中和抗体(免疫)を持たない、日本脳炎にいつかかってもおかしくない、感受性のある年齢集団が増加し続けています。 (現在4歳までの年齢のお子さまはほとんど日本脳炎に無防備の状態です)



                                          
国立感染症研究所感染症情報センターHPより

また、日本脳炎ウイルスの増幅動物である、豚の日本脳炎ウイルスの感染状況は下図の通りです。(国立感染症研究所感染症情報センターHPより。くわしくはこちら
これは2005年の感染状況であり、年により多少の変動はありますが、関東地方でも多くの豚が日本脳炎ウイルスに感染していることがわかります。(千葉、茨城は80%以上の豚が日本脳炎に感染しています。ちなみに2006年夏には、茨城の19歳の少年が日本脳炎を発病しています。)

日脳ウイルスがあふれているこれらの豚から血を吸った、コガタアカイエカに刺されると、日本脳炎を発病するリスクが高くなるのです。(コガタアカイエカの行動範囲は2kmといわれていますが、10kmぐらい飛翔することもあるようです)

そして来年には日本脳炎ウィルスにほとんど抵抗力を持たないお子さま達が5歳になります。室内の生活から野外で活動をする機会も増えていくでしょう。その結果は、麻疹に続いて、日本脳炎の集団発生という、最悪の可能性も憂慮される事態になっているのです。




<用語解説>
ADEM(アデム、急性散在性脳脊髄炎)とは
 ウイルスやマイコプラズマなどの感染後に、発熱、頭痛、けいれん、運動障害等の症状を起こす脳の病気です。病原体の感染後に、脳神経を包む鞘の部分を体の免疫担当細胞が攻撃し、脳の所々の組織が破壊されるために起こります。脳神経そのものは温存されることが多く、後遺症を残すことはまれといわれています。ADEMと日本脳炎ワクチンの関連については、前述の「日本脳炎に関する専門家ヒヤリング会議議事録」で何人かの専門家によって詳細に明らかにされています。

2007年8月、ホームページに掲載した内容を再掲しています。日本脳炎ワクチンは2009年6月2日より、まがりなりにも再開されました。

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