2002年から2003年にかけて、インフルエンザの特効薬がない!検査キットがない!と大騒ぎになった時、ホームページに掲載した内容を再録しました。
2002年〜2003年はインフルエンザの当たり年となり(1993年、1995年、1998年に匹敵)、保育園、幼稚園、小学校、中学校、成人の職場等で流行が広がり、品川でも1月〜2月中旬は学級閉鎖・時間差登校が続出しました。
新聞等でも報道されましたが、2002〜2003年はインフルエンザの治療に大きな混乱が起きました。
2003年は、A型インフルエンザにもB型インフルエンザにも効果があるタミフルドライシロップ(中外製薬)が子どもにも保険で使えることになり(2002年の春から保険で処方できるようになった)、インフルエンザの治療が飛躍的に進歩すると期待されていました。
ところが、実際使用する冬のシーズンが来たとき、何とタミフルドライシロップは輸入が間に合わなくて(スイスで製造されている)、ほんの少ししか医療機関に供給されなかったのです。
そのため、やむをえず成人用のタミフルカプセルを、カプセルをはずして使用することになりましたが、今度はそのタミフルカプセルが急速に無くなってしまったのです(需要に対して、供給量が不足した)。
さらに混乱に輪をかけたのは、今度はインフルエンザ検査キットが無くなりそうだと言ううわさです。特効薬が無い、検査を受けたい、インフルエンザならすぐに検査をして、薬をのまなければ脳症になる!、とパニックになっている人が夜間の救急外来に大挙押しかけて、今や小児救急はどこも検査希望の親子でパンク状態になってしまいました。
当クリニックは2002年秋から、今シーズンはインフルエンザの当たり年になると警告し、予防接種を積極的に受けるよう、かかりつけの患者さんには呼びかけてきました。
多数の患者さんが予防接種を当クリニックで受けられましたが、これらの方は現在あまり受診にみえません(発病していないためと思われます)。
さらに、インフルエンザワクチンを接種済みのお子さま、お母さまがインフルエンザに感染した場合でも、「ぐったりして、顔を赤くしながら、からだを痛がる」という典型的な症状を呈する人は明らかに少ないです(ワクチンをしていない人に比べて)。そして次の日には解熱する人が多いです。
現在発熱で受診される患者さんは当クリニックがひさしぶりの方が多く(当然ワクチンはしていない)、また何故か遠方からわざわざ来院される初診の患者さんもいらっしゃいます。
当クリニックはインフルエンザを疑う患者さんにはインフルエンザ迅速検査を行い、診断を確定してから抗インフルエンザ薬(タミフル、シンメトレル)を投与しています(抗インフルエンザ薬は、必ず検査をしてから使用するように勧告されています)。そして、A型インフルエンザなら原則的にシンメトレルかタミフル、B型インフルエンザならタミフルを処方しています。
ただし、インフルエンザが症状から疑えないお子さま、また明らかに家族内感染でインフルエンザとほぼ診断がつく場合は検査は行っておりません。
また、品川の小学校、幼稚園、保育園のインフルエンザの流行状況を(当クリニックで把握している範囲で)院内掲示で、かかりつけの皆様にはお知らせしました。
それにしても、あいもかわらず、マスコミ報道は一面的でかつ煽動的でした。以下、いくつか問題点をあげます。
1.タミフルはインフルエンザの特効薬ではありません。タミフルがインフルエンザ脳症に有効だというデータはありません。熱を早く下げて症状が和らぎ、楽にはなりますが、脳症を予防することは医学的に証明されていないのです。
2.インフルエンザの診断に迅速診断は必須です。たしかに100%の陽性率は期待できませんが(インフルエンザでも陰性に出ることがある)、A、Bを区別して治療方針を決めたり、感染を拡散させないために迅速診断の情報はきわめて有用です。
しかし、迅速検査は発病初期には陰性で、8時間ぐらい経たないと、陽性に出ないことがしばしば経験されます。したがって、熱が出たらすぐに病院に行ってインフルエンザの検査、ということになれば、ほとんどの例で陰性となり、インフルエンザではないと診断される結果になるでしょう。
3.インフルエンザ脳症は原因が今なおよくわからない病気です。しかも、その発症-進行は急激で、あっという間にけいれん、昏睡まで進んでしまいます。現在、インフルエンザワクチンでもインフルエンザ治療薬でも防げるという証拠はありません。したがって、残念ながら現在の医学では防ぎようがない病気なのです。現在、研究が進められていますが、予防法も対策もありません(強いていえば、ボルタレンとポンタールを使用しないということです)。
マスコミの番組でいうように、熱が出たら夜間すぐに病院を受診しても、インフルエンザ脳症を防げるということはありません。熱が出たら家庭で安静にし、以下のような症状が現われたら、受診して診察を受けることが最も良い対応だと考えます。
受診する目安は、意識がもうろうとして、うわごとをいう。見えないものを見えると言う(幻視)、呼びかけても応答しない、けいれんが起こる、尿が出なくなる、全身が冷たく脈に触れにくい、などの症状が現われた時こそ、緊急で病院に行かなければなりません。このときは一刻を争うので、病院に急いでください。
ただし、インフルエンザ脳症になるお子さまは極少数です(何百万というインフルエンザの感染者のわずか100〜200人が発症する)。いたずらにインフルエンザ脳症をおそれずに、インフルエンザの予防(ワクチンを受けることです!)と家庭でインフルエンザのお子さまの状態をよく観察すること、万が一の時には大至急病院を受診することを呼びかけるのが、マスコミの役割なのではないでしょうか。
このようなインフルエンザ脳症の疑いのあるお子さまが、速やかに診察を受けられ治療が始められるためにも、「熱が出たらすぐ病院へ行け」というような、百害あって一利もないような無責任なキャンペーンはすぐに中止すべきだと思います。
また、インフルエンザ報道に煽られて、右往左往しているほとんどの保護者の方が、信頼できるかかりつけの先生を持っていないように思われます。
よく、開業医の資質のことを云々される方がいらっしゃいますが、医師と患者の関係は双方向です。良い関係とはお互い努力して作り上げていくものなのです。最初から色眼鏡で医者の批判ばかりして、自分の都合ばかり要求すれば、自分も同じ扱いを受けるため、結局はいろいろな病院を不平を垂れながら転々とすることになることになりかねません。
たしかに日本の自由開業制のもとでは開業医は玉石混淆ではありますが、現在の日本には情報が溢れています。その気になって探せば、あなたの近くにも必ず良心的で誠実な医師が診療しています。いろいろ相談できる、かかりつけの先生をぜひ作られることをお勧めします。