Ⅱ.スギ花粉症のメカニズム
鼻の機能は、呼吸して吸い込まれてくる空気を加湿、加温、防塵し、肺にきれいな空気を送り込むことです。
吸い込まれた空気を清浄化して、肺に送り込む役目のため、鼻の粘膜の表面には線毛があり、花粉が鼻腔に侵入してくると鼻腔表面の粘液が花粉をくっつけます。接着された花粉は、鼻の線毛の働きで鼻の外に運ばれ、捨てられます。しかし、排除しきれなかった花粉の成分は鼻粘膜から吸収されてしまいます。
鼻(の組織)は、外界から進入してきた物質が自分の組織以外の物質(異物)だと認識すると、これを排除しようとします。その結果、くしゃみ、鼻水、鼻づまりなどの症状が出現します。
鼻腔に進入してきた、もともとは無害であるスギ花粉の蛋白成分であるCryj1(クリジェイ1)、Cryj2(クリジェイ2)が、鼻の粘膜内に取り込まれると、からだの防衛部隊(免疫細胞)である、マクロファージや樹状細胞はこれを異物(敵)として認識し、花粉の情報をヒトの免疫システムの最高司令官であるTリンパ球に報告します。
情報を受け取ったTリンパ球は、この異物(よそもの、排除すべき敵)であるスギ花粉の情報を、部下であるBリンパ球に伝達します。Bリンパ球は、この情報を受けて、敵であるスギ花粉を攻撃・排除するために、スギ花粉にぴったり一致するスギ花粉特異的IgE抗体を作り、スギ花粉の再度の侵入に備えます。
このスギ特異的IgE抗体は、肥満細胞(マスト細胞)とよばれる細胞の表面にびっしりと結合します。これが、「感作」という臨戦態勢の状態です。
的確な花粉症の治療のために(第2版)より転載
そして、次にスギ花粉が侵入してくると、マスト細胞の表面のIgEに結合し、架橋を作ります。スギ花粉-IgE(レセプター)が架橋を形成すると、感作されたマスト細胞(肥満細胞)は興奮し、体(細胞)の中に貯蔵しているヒスタミン、ロイコトリエンという物質を大量に放出します(脱顆粒)。
このヒスタミンは知覚神経を刺激し、くしゃみ、鼻水を生じさせます。また、ロイコトリエンは鼻の血管の拡張と鼻の血管からの水分の漏出のため鼻が腫れて、鼻閉が起こります。さらに、ヒスタミンは眼の結膜を腫らしたり、眼の周囲の知覚神経を刺激して、眼のかゆみを起こさせたりします。
さらにTリンパ球の命令で、別の白血球のグループであるである好酸球も出動してきて、鼻や目の粘膜の炎症(赤く腫れる状態)をより一層激しく燃え上がらせていきます。
的確な花粉症の治療のために(第2版)より転載
Ⅲ.スギ花粉症の症状
スギ花粉症の症状は、スギ花粉を目や鼻から排除するための生体防御反応と考えられます。
スギ花粉が鼻に入ると、直後にくしゃみ、少し遅れて鼻づまりが起こります。これを「即時相」といいます。眼にスギ花粉が入ると、眼が痒くなり涙が出て、眼が充血します。
鼻がつまるのは、スギ花粉を体内に侵入しないように物理的に鼻の通り道を塞ぐこと、涙やくしゃみは、花粉を体外に排出するための反応と考えられます。
また、鼻で吸収されなかったスギ花粉の成分は喉に流れ、喉のかゆみ、咳を生じ、鼻づまりは頭痛、だるさなどを引き起こします。
さらに6~8時間して、鼻閉などが起こることを「遅発相」といいます。
①目の症状:目のかゆみ、充血、涙目、目やに、目がごろごろする。眼が痒くて叩いたり、強く擦って白目(眼球結膜)が腫れ上がることもあります。
②鼻の症状:花粉症(アレルギー性鼻炎)の鼻水は、透明でさらさらとした、水のような鼻水です。鼻水、くしゃみ、鼻閉が、花粉症の3大症状です。鼻水やくしゃみがひどい人(くしゃみ・鼻漏型)、鼻づまりがひどい人(鼻閉型)、両方がひどい人(充全型)に分けられます。
③全身症状:頭痛、頭重感、全身倦怠感、咽頭痛。目や鼻のかゆみ、くしゃみなどで睡眠不足になったり、1日中ぼーっとなったりします。
くしゃみ、鼻水、鼻づまりの症状から、花粉症の重症度の評価を行います。これは、治療法を決めるための大切な情報となります。
Ⅳ.スギ花粉症の診断
スギ花粉症の診断は、次の通り行います。
➊問診
いつ症状が始まったか、季節性はあるか、どんな鼻、眼の症状なのか、他のアレルギーの病気(気管支喘息、アトピー性皮膚炎など)を持っているか、家族にアレルギーの人はいるか、いままでどんな治療をうけてきたのか、をお聞きします。
*当クリニックの初診では、まず「花粉症問診票」を記載していただきます。
➋鼻鏡検査
鼻鏡で鼻の粘膜の腫れ、色調を観察します。
➌抗体を証明する
血液検査を行い、血液中の好酸球値(アレルギーに関係している白血球)、総IgE値、スギ、ヒノキなどの特異的IgE抗体を調べます。
➍診断
くしゃみ・鼻漏型、鼻閉型、充全型の病型分類を行います。また、症状による、軽症、中等症、重症・最重症の重症度分類を行います。
Ⅴ.スギ花粉症の治療
スギ花粉症の治療には、大きく分けて、対症療法と根治療法があります。
対症療法、はスギ花粉症のつらい症状を緩和する治療です。抗原(スギ)除去・回避(後述Ⅴ参照)、薬物療法、手術療法がこれにあたります。
根治療法は、スギ花粉症のアレルギー反応を無くしていく治療です。アレルゲン免疫療法が、この治療にあたります。
Ⅰ 薬物療法
〇予防的(初期)治療
スギ花粉症の治療は、まずスギ花粉の飛び始める前に、抗アレルギー剤を飲み始めたり、点眼することから始めます。これを「初期療法」といい、花粉症の眼や鼻の症状を軽くすることができるといわれています。
当クリニックでは、花粉の飛散が始まる2週間前からの服薬、点眼開始をお勧めしています。
*2025年シーズンは、すでに東京ではスギ花粉の飛散が始まっており(ニュースはこちら)、初期療法の投薬開始をお勧めします。
〇シーズン(症状が出始めてから)の治療
大量に花粉が飛散し始めると、抗アレルギー剤内服だけでは症状が抑えられなくなります。
くしゃみ、鼻水が主体の「くしゃみ・鼻漏型」には、第2世代抗ヒスタミン薬を、鼻づまりが主症状である「鼻閉型」には、抗ロイコトリエン薬や鼻噴霧用ステロイド薬を用います。
*ケミカルメデュエータ遊離抑制薬(リザベンなど)やTh2サイトカイン阻害薬(アイピーディ)、抗プロスタグランディンD2ートロンボキサンA2薬(バイナス)は、効果発現に時間がかかること、効果が弱いことなどから当クリニックでは現在処方しておりません。
症状がひどくなってきたら、軽症、中等症、重症・超重症に応じて、薬物療法を強化します。眼症状には抗アレルギー剤、ステロイド剤の目薬も使用します。
下表のような、第2世代の抗ヒスタミン薬を、お子さまの症状、鼻・眼の症状、その強さ、他のアレルギーの病気(気管支喘息、アトピー性皮膚炎など)の合併の有無、いままで(当クリニック、または他院で)どんな治療をうけてきたのかを総合的に判断し、鈴木医師が治療薬を選択します。また、効果を見ながら適時薬剤の変更も行います。(テーラーメイド医療)
当クリニックは、同じ薬を症状も確認せずに、漫然と処方し続けることはいたしません。
また、漢方薬も副作用(特に眠気)が少なく、併用すると効果が期待できるため、症状がひどく服用可能な患者さんには積極的に投与を行っています。
さらに今シーズンは、重症・超重症の患者さんには、生物学的製剤(ゾレア)による抗体治療も行います。(ゾレアについては、Ⅲ.抗体療法で詳述します)
花粉症でよく用いられる、薬物の一覧を示します。
分類 | 薬剤名 | 一般名 | 眠気 | 適用。(DS=ドライシロップ) | 効果 |
ケミカルメディエータ遊離抑制薬 | 抗原抗体反応が起きても、マスト細胞からのケミカルメディエータ(ヒスタミン・ロイコトリエン)の放出を抑えます。効果が出るのに、1~2週間かかります。当クリニックでは、現在あまり処方しておりません。 | ||||
リザベン | トラニラスト | 無 | DSあり。 | くしゃみ・鼻漏型 | |
アレギサール | ペミロラスト | 無 | DSあり。 | くしゃみ・鼻漏型 | |
第1世代抗ヒスタミン薬 | ヒスタミンが、神経に作用する受容体をブロックします。脳にも作用し、眠気、口渇などの副作用がみられます。花粉症の治療薬としては、当クリニックでは現在、処方しておりません。 | ||||
ポララミン | d-クロルフェニラミンマレイン酸 | 強 | 散剤あり。 | くしゃみ・鼻漏型 | |
第2世代抗ヒスタミン薬 | 第1世代の眠気、口渇などの抗コリン作用の副作用が軽減されています。抗ヒスタミン作用以外の薬効を持つ薬もあります。現在、症状に合わせて、主に花粉症の治療に投薬しています。 | ||||
ザジテン | ケトチフェン | 強 | 6ヵ月以上。DSあり。効果も強いが、眠気も強い。 | くしゃみ・鼻漏型 | |
ニポラジン | メキタジン | やや強 | 細粒あり。抗ヒスタミン作用以外に 抗PAF作用などもある。 |
くしゃみ・鼻漏型 | |
アレジオン | エピナスチン | 弱 | 成人。 | くしゃみ・鼻漏型 | |
エバステル | エバスチン | やや弱 | 成人。 | くしゃみ・鼻漏型 | |
ジルテック | セチリジン | やや弱 | 2歳以上。DSあり | くしゃみ・鼻漏型 | |
タリオン | ベポタスチン | やや弱 | 7歳以上。 | くしゃみ・鼻漏型 | |
アレグラ | フェキソフェナジン | 無 | 6ヵ月から投与可。DSあり。眠気が少ない。やや効果弱い。 | くしゃみ・鼻漏型 | |
アレロック | オロパタジン | やや弱 | 2歳以上。顆粒あり。やや眠気強いが効果も強い。 | くしゃみ・鼻漏型 | |
クラリチン | ロラタジン | やや弱 | 3歳以上。DSあり。比較的眠気は少ない。 | くしゃみ・鼻漏型 | |
ザイザル | レボセチリジン | 弱 | 6ヵ月以上。シロップあり。 眠気少ない。ジルテックの改良型。 |
くしゃみ・鼻漏型 | |
ビラノア | ビラスチン | 無 | 成人。最も眠気が少ない。 | くしゃみ・鼻漏型 | |
デザレックス | デスロラタジン | 無 | 成人。クラリチンの改良型。眠気弱い。 | くしゃみ・鼻漏型 | |
ルパフィン | ルパタジン | やや弱 | 12歳以上。効果は強い、抗PAF 作用もある。眠気あり。 |
くしゃみ・鼻漏型 | |
抗ロイコトリエン薬(LTRA) | ロイコトリエン(LT)は気管支の収縮させたり、鼻炎・鼻閉を引き起こします。LTRAはこのロイコトリエンの働きを抑えます。また、眠気はありません。 | ||||
オノン | プランルカスト | 無 | DSあり。抗ヒスタミン薬と相乗効果あり。 喘息にも使用。 | 鼻閉型 | |
キプレス | モンテルカスト | 無 | チュアブル錠あり。抗ヒスタミン薬と相乗効果あり。喘息にも使用。 | 鼻閉型 | |
Th2サイトカイン阻害薬 | IgEをつくるTh2リンパ球に働き、抗体の産生を抑制します。効果が出るのに、1~2週間かかります。当クリニックでは、現在あまり処方しておりません。 | ||||
アイピーディ | スプラタスト | 無 | DSあり。 | 鼻閉型 | |
抗プロスタグランディンD2ートロンボキサンA2薬 | トロンボキサンA2の働きを抑え、アレルギー性鼻炎症状、特に鼻閉に対して効果があります。当クリニックでは、現在あまり処方しておりません。 | ||||
バイナス | ラマトロバン | 無 | 成人のみ。 | 鼻閉型 | |
ステロイド点鼻薬 | 鼻に噴霧する薬で、くしゃみ・鼻水・鼻づまりに有効です。定期的に使用ことで効果が期待できます。 | ||||
アラミスト | フルチカゾン | 無 | 2歳以上。 | 鼻閉型 | |
ナゾネックス | モメタゾン | 無 | 3歳以上。 | 鼻閉型 | |
小児用フルナーゼ | フルチカゾン | 無 | 5歳以上。 | 鼻閉型 | |
漢方薬 | 補助薬の位置付けになります。まずいので、子どもは服薬できれば、処方しています。 | ||||
小青竜湯 | 無 | 透明水様鼻汁に著効。 | くしゃみ・鼻漏型 | ||
麻黄附子細心湯 | 無 | 透明水様鼻汁に有効。 | くしゃみ・鼻漏型 | ||
葛根湯加川芎辛夷 | 無 | 水様鼻汁、鼻閉に有効。 | 鼻閉型、鼻漏型 | ||
貼付薬 | 第2世代抗ヒスタミン薬の貼り薬です。内服薬はレミカットです。ホクナリンテープの花粉症版です。当クリニックでは、内服が継続できない人に処方することがあります。 | ||||
アレサガテープ | エメダスチン | やや弱 |
15歳以上。透明水様鼻汁に有効。 | くしゃみ・鼻漏型 |
病型 | 初期療法 | 軽症 | 中等症 | 重症・最重症* ** |
くしゃみ ・鼻漏型 |
第2世代抗ヒスタミン剤 |
第2世代抗ヒスタミン剤 必要なら 鼻噴霧用ステロイド剤 |
第2世代抗ヒスタミン剤 又は 鼻噴霧用ステロイド剤 |
第2世代抗ヒスタミン剤 プラス 鼻噴霧用ステロイド剤 |
鼻閉型 充全型 |
第2世代抗ヒスタミン剤 |
第2世代抗ヒスタミン剤 必要なら 鼻噴霧用ステロイド剤 |
抗ロイコトリエン薬 プラス 鼻噴霧用ステロイド剤 必要なら 第2世代抗ヒスタミン剤 |
抗ロイコトリエン薬 プラス 鼻噴霧用ステロイド剤 必要なら 第2世代抗ヒスタミン剤 |
生物学的製剤 (抗体療法) |
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アレルギー免疫療法(免疫舌下療法) スギ花粉症の根治療法になります。 | ||||
抗原の除去・回避 | ||||
眼症状は点眼薬使用(下記) |
アレジオンLX点眼液0.1% | パタノール点眼液0.1% | フルメトロン点眼液0.02% | アレジオン眼瞼クリーム0.5% |
エピナスチン | オロパタジン | フルオロメトロン | エピナスチン |
第2世代抗ヒスタミン薬 | 第2世代抗ヒスタミン薬 | 抗炎症ステロイド薬 | 第2世代抗ヒスタミン薬 |
1回1滴、1日2回点眼 | 1回1~2滴、1日4回点眼 | 1回1~2滴、1日2~4回点眼 | 1日1回上下眼瞼に塗布 |
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初期療法によい。1日2回でよい。 | 初期療法によい。効果はやや強い。 | 効果強い。使用は短期に留める。 | 1日1回、上下眼瞼に塗るだけでよい。 |