Ⅰ-4.ウイルスの感染症(あまりなじみのない病気) 2023.9.1更新
1.ヒトボガウイルス感染症
伝染性紅斑(りんご病)の原因ウイルスである、ヒトパルボウイルスB19(HVB19)はパルボウイルスの仲間で、唯一人に病原性を持つと考えられてきました。
ところが、2005年スウェーデンで発見された、ヒトボガウイルス(HBoV)も世界中で人に呼吸器感染症を引き起こしていることが明らかになりました。
ボガウイルスbocavirusという名称は、最初に属していたBovine parvovirus (牛パルボウイルス)とCanine minute
virus (犬微小ウイルス)の二種類のウイルスの頭文字を2文字ずつ(Bo、Ca)とって、命名されました。
ヒトボガウイルス(HBoV)は1型から4型まで分類され、1型はかぜ症状、肺炎、喘息、2型は胃腸炎を起こすことが報告されています。3型、4型については、ヒトへの病原性ははっきりわかっていません。
●ヒトボガウイルス感染症の症状
潜伏期間は、不明です。
ヒトボガウイルス1型(HBoV-1)は、小さな子どもに熱や咳、鼻水、痰、ゼイゼイ(喘鳴)といったかぜ症状を起こします。我が国の検討だと、37.5~40.0℃の発熱が3日ぐらい続きます。さらにゼイゼイしやすく、喘息と診断されることも多いようです。時に、肺炎を起こしますが、あまり重症にはならないようです。
症状は1~2週間ぐらい続きます。1年中見られますが、冬に多いようです。
実はヒトボガウイルス1型はありふれたウイルスで、2~3歳までに80%以上、6歳ごろには100%の子どもが、抗体を持つようになります。(1回は感染するということです)
一方、ヒトボガウイルス2型(HBoV-2)は下痢など胃腸炎を起こします。
ヒトボガウイルス3型、4型については、まだ詳しいことはわかっていません。
●ヒトボガウイルスの疫学
ヒトボガウイルスはRSウイルス、アデノウイルス、ライノウイルス、インフルエンザウイルス、ヒトメタニューモウイルスなどと同時に検出されることが多いようです。
●ヒトボガウイルスの治療
特別な治療はありません。まだ、よく分かっていないウイルスなので、学校保健安全法でも「保育所における感染症対策ガイドライン」にも記載はありません。
参考:
横浜市衛生研究所ヒト‐ボガウイルス感染症について
大阪市立環境科学研究所 乳幼児呼吸器感染症患者からのヒトボカウイルスの検出:IASRVol. 29 ;161-162.2008
石黒信久、遠藤理香、有賀正:ヒトボガウイルス感染症:モダンメディア53;259-264.2007
2.サイトメガロウィルス感染症
サイトメガロウイルス(CMV)は、あまり知られていませんが、ありふれたウイルスです。少し前までは、日本のほとんどの妊婦は、サイトメガロウイルスに抗体を持っていました(すでに感染していました)。
また、感染しても無症状の人が多かったので、あまり問題にされてきませんでした。
ところが、このウイルスに免疫のない女性が妊娠し、おなかに赤ちゃんがいるときに初めて感染すると、おなかの赤ちゃんがウイルスに攻撃され、「先天性サイトメガロウイルス感染症」という病気になって、さまざまな障害を持って生まれてくることがわかりました。
近年、サイトメガロウイルスに抗体を持たない(感染したことのない)女性が増えてきたために、初感染の妊婦に起こる「先天性サイトメガロウイルス感染症」の存在が注目されるようになったのです。
また、新生児以外でもサイトメガロウイルス感染症は、輸血の後、体が弱っている時などに発病することがあります(後述)。
●サイトメガロウイルスとは
サイトメガロウイルス(CMV)は、突発性発疹症の病原ウイルスである、ヒトヘルペスウイルス6型(HHV6)、7型(HHV7)と同じ、βヘルペスウイルスというグループに属しており、正式にはヒトヘルペスウイルス5型(HHV5)と位置付けられています。
このヒトヘルペスウイルスの仲間は、1型、2型は単純ヘルペスウイルス1型と同2型、3型は水痘帯状疱疹ウイルス、4型は伝染性単核症の病原体であるEBウイルスと、よく知られた病気の原因ウイルスが集まっています。
ヘルペスウイルス群は、始めて感染して病気を起こした後も、身体の中に潜伏し、感染主(宿主)の免疫が落ちた時に再び活性化し、症状を引き起こすという、厄介な性質を持っています。
サイトメガロウイルスという名前は、サイト(細胞)+メガロ(大きい)から来ていて、感染細胞にはフクロウの目のような大きな粒子が見られます(右写真)。そのため、このウイルスの病気は、「巨細胞封入体症」とも呼ばれています。
尿中の巨大な封入体(粒子)を持つ感染細胞(自験例)
●サイトメガロウイルス感染症について(先天感染以外)
赤ちゃんの先天性サイトメガロウイルスについては、次項で述べます。
それ以外の年齢のサイトメガロウイルス感染症としては、子どもに肝炎を起こすことがあります。
また、思春期以降に始めてこのウイルスに感染する(キスや性行為で感染します)と、伝染性単核症(EBウイルス感染症)によく似た、発熱、肝機能異常、頚部リンパ節腫脹、肝脾腫などの症状を示すことがあります。
免疫不全の患者さんが感染すると、発熱、肺炎、肝炎、脳炎などを起こして、重症化するため、注意が必要です。
●先天性サイトメガロウイルス(CMV)感染症
サイトメガロウイルスが、このウイルスに免疫を持たない妊婦に初感染した場合、ウイルスは胎盤を通過して胎児に感染し、様々な症状を引き起こします。
日本人の妊婦のサイトメガロウイルス感染率は、1986年には30歳台でほぼ100%に近かったのですが、2001-2005年には30歳台でも70%まで低下してきています。これは生活の欧米化が関係しているといわれています。
サイトメガロウイルスに感染したことのない妊婦が、サイトメガロウイルスに初めて感染した場合、胎内で赤ちゃんがこのウイルスに感染する率は約40%といわれています。
必ずしも感染して症状が出るわけではありませんが、感染した赤ちゃんの約24%は、低出生体重、小頭症、出血斑、血小板減少、肝脾腫、黄疸、難聴、脈絡網膜炎などの症状が現れます。
さらに、症状がなくても、頭部の精密検査で、脳内石灰化や脳室拡大などの脳の異常が見つかる赤ちゃんも約9%、みられます。
生まれた時に異常が見られなくても、成長するに従い、進行性の難聴や発達障害に気付かれるお子さまも少なくないため、健診には細心の注意が必要です。
●先天性CMV感染症の頻度
それでは、先天性サイトメガロウイルス感染症の赤ちゃんは、どのくらい生まれてきているのでしょうか。
厚労省の研究班によれば、先天性サイトメガロウイルス感染症の頻度は
①サイトメガロウイルスの先天感染の頻度は0.31%、すなわち新生児の1人/300人はサイトメガロウイルスに感染して生まれてきています(感染していますが、かならずしも症状を持っているとは限りません)。
②このうち、症状を持って生まれてくる、先天性サイトメガロウイルス感染症児は、新生児の1/1000人と報告されています。
この報告によれば、症状がある先天性サイトメガロウイルス感染症児は、ダウン症(1人/1000人)と匹敵する出生数になっています。決して珍しい病気ではありません。
●先天性CMV感染症の治療
先天性サイトメガロウイルス感染症の治療には、CMV高力価ガンマグロブリン製剤、ガンシクロビル、ホスカルネットなどを用います。
●先天性CMV感染症の予防
サイトメガロウイルスの感染を予防するワクチンはありません。そのため、サイトメガロウイルス感染症を防ぐには、日常的な注意が大切です。
特にサイトメガロウイルス感染症に抗体(免疫)を持たない妊娠している女性は、このウイルスに感染しないよう、妊娠中は特に十分な注意が必要です。
サイトメガロウイルスに抗体のない妊婦は、子ども(特に集団生活を送っている、上の兄弟)の唾液や尿を介して接触感染するか、抗体陽性の夫から性行為で感染する危険があります。
そのため、妊娠中に感染しないためには、
①子どもの唾液、尿に注意し、石鹸で頻回に手を洗う。
子どもとスプーンや箸を共有しない。(唾液から感染しないため)
おむつを換えたあとには良く手を洗う。(尿から感染しないため)
②性行為のさいには、コンドームを使用する。(精液から感染しないため)
が必要です。
参考:
国立感染症研究所 IDWR:感染症の話 サイトメガロウイルス感染症
横浜市衛生研究所:サイトメガロウイルス感染症について
神戸大学 先天性サイトメガロウイルス感染症対策のための妊婦教育の効果の検討、妊婦・新生児スクリーニング体制の構築及び感染新生児の発症リスク同定に関する研究
先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染症患者会「トーチの会」
3.ヒトパレコウイルス感染症
ヒトパレコウイルス(HPeV)は、以前は夏かぜを起こすエンテロウイルスのグループに含まれ、エコーウイルス22型、23型と呼ばれていました。
ところが、最近の遺伝子解析技術の発達により、エンテロウイルスとは別のウイルスだと確認されました。
そのため、1999年エンテロウイルス属から独立し、「エコーウイルスに似たウイルス」(=パレコウイルス:Par-echoVirus、PeV)と命名されました。
1型から6型まで、6種類の血清型/遺伝子型が報告されています。多くの人は乳児期に感染し(症状の見られない、不顕性感染のことが多いようです)、ほとんどの成人はヒトパレコウイルスに免疫を持っているといわれています。
●ヒトパレコウイルス感染症の症状
ヒトパレコウイルス感染症は1型と3型が病原ウイルスになることが多く、1型ウイルスの感染症は秋~冬、3型ウイルスの感染症は夏~秋に報告されています。
1型ヒトパレコウイルス感染症の症状は、胃腸炎(下痢、嘔吐)が多く、次いでかぜ症状(咳、鼻)もよくみられるようです。まれに心筋炎、無菌性髄膜炎を合併します。
3型ヒトパレコウイルス感染症の症状は、発熱、かぜ症状、発疹、口内炎が多く、3ヵ月未満の新生児~乳児が感染した時は、脳炎や敗血症のような重症感染症を発症する例も、まれではないようです。
また、3型ヒトパレコウイルスは、手足の小発疹と口内の異常(アフタや舌炎など)の症状の組み合わせから、手足口病やヘルパンギーナと診断されることもあるようです。
2014年6月以降、全国の病院から発熱、敗血症の疑いで入院した乳児から、ヒトパレコウイルスが見つかり、我が国の乳児の間でヒトパレコウイルスが広く流行していることが明らかとなりました。
2006年、2008年、2011年、2014年にも、ヒトパレコウイルスの流行が報告されており、赤ちゃんが高熱や敗血症のような重い症状を発症した場合には、ヒトパレコウイルスの感染の可能性も考えなければなりません。
初夏から夏頃ごろ、3歳以下の子どもを中心に、手足口病に似た感染症が流行した時には、ヒトパレコウイルス感染症3型の可能性もあります。ただし、迅速検査はないため、小児科外来での正確な診断は困難です。
年長児は軽症ですみますが、3ヵ月未満の新生児や乳児が感染すると、脳炎や敗血症のような重症感染症を起こすことがまれではなく、ヒトパレコウイルス感染症には注意が必要です。
赤ちゃんの症状の推移に注意すること、手洗いを励行するなど、感染予防に努めましょう。また、クリニックからの情報に注意しましょう。
●ヒトパレコウイルス感染症の治療、予防
特別な治療はありません。また、予防するワクチンはありません。
参考:
伊藤雅ら:ヒトパレコウイルス(Human Parechovirus:HPeV)感染症:モダンメディア53;329-336.2007.
<速報>生後3か月未満の乳児におけるヒトパレコウイルス感染症の発生:IASR35.221.2014年9月号
ヒトパレコウイルス感染症について:横浜市感染症情報センター
4.エンテロウイルスD68感染症
エンテロウイルス(属)は、ポリオ(小児まひ)ウイルス、コクサッキ-ウイルスA群・B群、エコーウイルスなどが含まれるグループです。
手足口病、ヘルパンギ-ナなど夏かぜウイルスは、大体このグループに属しています。ヒトパレコウイルスはこのグループから独立したウイルスです。
エンテロウイルスD68は、このエンテロウイルス属のD群と呼ばれるグループに属しているウイルスの一つです。
あまり、注目されないウイルスでしたが、2014年アメリカで大流行し、このウイルスによる重症肺炎で多数の入院がありました。近年、わが国でも流行が確認され、肺炎や喘息との関連で注目されているウイルスです。
しかもエンテロウイルスD68は、エンテロウイルスとライノウイルス(鼻かぜウイルス)の両方の性質を持つ、ユニークなウイルスです。
●エンテロウイルスD68の症状
感染経路はウイルスに汚染された鼻水や痰などが付着した手や物からの接触感染や、飛沫感染(せき、たん)です。
9月がピークで、夏から秋にかけて流行します。幼児が感染しやすく、我が国の患者のうち、77%が0~5歳だったという報告があります。
発熱、咳、鼻といった軽いかぜ症状から、ぜいぜいして、呼吸が苦しくなる呼吸困難を示す重症肺炎まで症状は様々です。
きわめてまれに手足がまひする症状を起こすことがあるので、要注意です。
●エンテロウイルスD68の治療、予防
特別な治療はなく、症状に応じた治療を行います。また、予防するワクチンはありません。
参考:
エンテロウイルスD68(EV-D68)感染症に関するQ&A:国立感染症研究所感染症疫学センター
エンテロウイルスについて:横浜市衛生研究所