2.チクングニア熱
チクングニア熱は、原因ウイルスこそ、デングウイルスの属するフラビウイルス科ではありませんが、デング熱によく似た症状、分布図を持つ、蚊媒介感染症です。
●チクングニア熱の病原体、媒介昆虫
病原体はトガウイルス科アルファウイルス属のチクングニアウイルスで、血清型は一つです。
感染経路は、チクングニアウイルスを持っている人を刺したネッタイシマカ、ヒトスジシマカの体内でウイルスが増殖し、感染していない人に吸血する時に、蚊の唾液からチクングニアウイルスが感染します。
潜伏期間は、通常2~12日(多くは3~7日)です。
●チクングニア熱の症状
チクングニア熱の症状は、デングウイルスとほぼ同じです。
●チクングニア熱の治療
治療は、特別のものはありません。水分が取れない時は点滴を行って、血液量を確保しながら回復を待ちます。
●チクングニア熱の予防
予防のワクチンがないため、蚊に刺されないよう、注意するしかありません。
デング熱で述べたように、ヒトスジシマカは昼間活発に活動し、吸血行為を行うため、昼間蚊に刺されないように配慮が必要です。虫除け剤(忌避剤)の使用や、長袖長ズボンの着用を考えましょう。
参考:
厚生労働省:デング熱に関するQ&A
3.エボラ出血熱
2014年から始まったエボラ出血熱の大流行は2014年12月になっても終息する気配はなく、すでに12月12日現在患者は18152人、死亡者は6548人に。アメリカ、ドイツ、スペインなど先進国にも飛び火し、流行地から帰国した医療従事者が発病し、入院する事態になっています。
もともとエボラウイルスは、中央アフリカ地帯のオオコウモリを宿主としているウイルスでした。このエボラウイルスを体内に持ったオオコウモリを食べたり、接触した野生動物(チンパンジー、アンテローブなど)の死体に触ったり、生肉を食べたり、接触することによって、人に移る介して発病する、アフリカの風土病でした。
エボラウイルスは5つの種があり、2014年現在、西アフリカで大流行しているのは、もっと毒性の強いザイールウイルスで、死亡率は50~90%といわれています。
●エボラ出血熱の感染経路
エボラウイルスは症状が出た患者や、その血液、唾液、汗、精液、涙、母乳、さらに吐物や便、尿、それらに汚染された注射針などに直接触れて感染するといわれます。空気感染は起こらないようです。
ただし、患者が咳をすれば、その飛散物から感染する可能性はあります。また、新型インフルエンザとちがって、発熱など症状のみられない無症状の患者から感染することはないといわれています。
●エボラ出血熱の症状
エボラウイルス病の潜伏期間は2日から3週間です。突然の発熱、頭痛、激しいだるさ、筋肉の痛み、喉の痛みなど、インフルエンザと同じような症状で発病します。次いで、嘔吐、下痢、発疹、肝障害が現われ、さらに症状が進むと出血傾向がみられるようになり、 最後は死亡する恐ろしい病気です。
ただし、出血傾向はエボラウイルス病の10%以下といわれ、最近はエボラ出血熱ではなく、エボラウイルス病(EVD)と呼ばれるようになってきています。
●エボラ出血熱の治療
予防のワクチンはありません。また、有効な治療薬もありません。
●エボラ出血熱の予防
現在、我が国では、アフリカの流行国(西アフリカ地方のギニア、リベリア、シェラレオネ)からの帰国者はサーモグラフで体温を測定し、無熱者には入国後も一日に2回体温測定して、保健所などに報告するよう指導されています。ただし、潜伏期の患者を発見することはできません(発病まで最大3週間かかることもあるから)。
●エボラ出血熱の対策の問題点
流行地が西アフリカに限定されていること、無症状の患者は感染力がないこと、患者の体や体液に直接触れることが感染の条件となるため、品川区の街の中や公共の場で元気なエボラ出血熱の人が歩いて感染を広める、というケースは考えにくいと思います。
品川区でエボラ出血熱の患者が見つかるとすると、潜伏期間が最長21日のため、無症状だった西アフリカからの帰国者が帰国後国内で発熱し、医療機関で診断されるというケースが考えられます。
最悪のシナリオは、発熱者がアフリカ流行地に滞在していたということを明らかにせず、保健所に連絡することもしないで、自己判断で近くの診療所を受診してしまう、というケースです。しかも、医療機関が西アフリカからの帰国者だということを知らず、採血などの検査処置等を行えば、万が一受診者が本当のエボラ出血熱患者だった時は、かなりの確率で診療所のスタッフは感染します。そして、その医療機関から感染が周囲に広がる、最悪なシナリオも想定されます。
厚労省も医師会もこのような事態を避けるために、ポスターを作成して広報しています。
参考:
エボラ出血熱とは 国立感染症研究所
エボラ出血熱について 厚生労働省
エボラ出血熱 東京都感染症情報センター
なお、本文中に使用した写真1点はCDCのHPから転載させていただきました。厚く御礼申し上げます。
4.ジカウイルス感染症
厚生労働省と川崎市は2016年2月25日、ブラジルに滞在した男子高校生がジカ熱と診断されたと発表しました。
世界保健機関(WHO)が2016年2月1日にジカ熱の蔓延を、「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態」を宣言して以降、国内で感染者が確認された初めての例でした。
●ジカウイルス感染症の歴史
ジカウイルスは、1947年にウガンダのZika forest(ジカの森)のアカゲザルから初めて分離され、1968年にナイジェリアで行われた研究で、ヒトから初めて検出されました。
2000年代に入ってから、急速に世界中に広がり、2007年にはミクロネシアのヤップ島では島民の実に7割に当たる300人が感染を起こし、2013年にはタヒチ島などフランス領ポリネシアで約1万人の集団発生が報告されています。
その後、中南米に波及し、2014年にはチリのイースター島に上陸しています。2015年5月以降には、ブラジルおよびコロンビアを含む南アメリカ大陸で現在に至るまで、大流行となっているのです。
2016年8~9月にはブラジルのリオデジャネイロで、 オリンピックとパラリンピックが開催され、多くの日本人も渡航することが予測されます。当然、若い日本人男女も多数ブラジルに渡航するものと予想されます。
その結果、今回の川崎の高校生のように、現地でジカウイルスに汚染された媒介蚊に刺されて帰国して発病した人から、国内で流行する可能性が危惧されているのです。
●ジカウイルス感染症の病原体、媒介昆虫
病原体はジカウイルスです。ジカウイルスは、デングウイルス、日本脳炎ウイルス、西ナイルウイルスなどと同じ、フラビウイルスの仲間です。
感染経路は、ジカウイルスに感染し、体内にジカウイルスを持っている人を、刺した媒介蚊(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカ)の体内で、まずジカウイルスは増殖します。このジカウイルスを持った蚊が、感染していない人に吸血する時に、蚊の唾液から感染します。(蚊に刺されて移ります。ヒトからヒトへの感染も、性行為による感染が報告されています)
潜伏期間は、通常2~12日(最大3~14日)です。
ネッタイシマカは日本には土着していません。ヒトスジシマカは俗にヤブ蚊といわれるふつうに飛んでいる蚊で、日中に活動しています。また、日本では、5月中旬から10月下旬が蚊の成虫の活動シーズンとなります。
●ジカウイルス感染症の症状
蚊に刺されてジカウイルスに感染しても80%の人は発病せず、無症状のままです(無症候性感染、不顕性感染)。
発病した場合には、①中等度の発熱(38.5℃以上の高熱にはならない)、②斑状の発疹やぽつぽつした丘疹などの皮膚症状、③関節痛や関節の腫れ、④結膜の充血が、患者の半数以上に見られます。それ以外には、頭痛、筋肉痛、目の後ろの痛みなどが比較的よく見られる症状で、下痢、嘔吐などを伴うこともあるようです。
すなわち、ジカウイルス感染症はデング熱、チクングニア熱とちがって、通常はかぜの軽い症状程度で経過する人が大部分で、恐れることはありません。
しかし、通常は1週間程度の経過で回復しますが、ジカウイルス感染症流行時と同じ時期に、四肢にマヒを起こすギラン・バレー症候群の患者が増えたという報告があり、現在ジカウイルス感染症とギランバレー症候群の関連について、検討が進められています。
ただし、妊婦がジカウイルスに感染すると、児に小頭症を主な症状とする「先天性ジカウイルス感染症」を引き起こす可能性があり、これがジカウイルス感染症の最大の問題となっています。先天性ジカウイルス感染症に関しては、後段で詳しく解説します。
●ジカウイルス感染症の診断
核酸増幅検査PCR法による血液、尿からのウイルスRNAの検出が診断となります。一般診療所では行えないので、保健所に依頼することになります。
●ジカウイルス感染症の治療
通常は軽症のため、特別な治療は必要ありません。
●先天性ジカウイルス感染症
ブラジルで、おなかの胎児が小頭症と確認された妊婦の羊水から、ジカウイルス遺伝子が検出されました。 また、出産後まもなく死亡した小頭症の赤ちゃんの、
血液と組織からジカウイルス遺伝子が見つかりました。
ブラジルでは、2015年10月から2016年1月30日までの間に、4,783人の、小頭症が疑われた胎児、新生児が報告されました。さらに最近、小頭症の赤ちゃんの網膜の異常も報告されています。ブラジル保健省は2015年11月、ジカウイルス感染と小頭症の流行に関連があると発表しました。
また、フランス領ポリネシアにおいても、ジカウイルス感染症が流行したとき、胎児・乳児の脳の異常の増加がみられたと、ヨーロッパ疾患管理センター(ECDC)が報告しています。そのため、2016年2月には、WHO(世界保健機関)が「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態」(PHEIC)を宣言しました。
●ジカウイルス感染症の予防
予防のワクチンがないため、蚊に刺されないよう、注意するしかありません。
前述したように、ヒトスジシマカは昼間活発に活動し、吸血行為を行うため、昼間蚊に刺されないように配慮が必要です。虫除け剤(忌避剤)の使用や、長袖長ズボンの着用を考えましょう。
人から人への直接的な感染はありません。ただし、性行為や輸血で感染したという感染したという報告はあります。
ジカウイルス感染症の患者さんは蚊に刺されないよう、配慮が必要です。(他の人に移してしまうから)
ブラジルなど、ジカ熱流行地域に渡航するときは、蚊に刺されないよう、肌の露出が少ない服を着用(長袖・長ズボン・帽子)すること。 蚊が嫌う成分であるペルメトリン含有した服も有効なこと。DEETなどの昆虫忌諱剤を適切に使用することなどは配慮しなければなりません。
2016年2月現在、米国疾患管理センターCDCやヨーロッパ疾患管理センターECDCは、より詳細な調査結果が得られるまで、現在流行している国や地域へ妊婦が渡航することを控えるように警告しています。 妊娠予定の女性に対しても、主治医と相談の上で厳密な防蚊対策が推奨されています。
また、WHOも、2016年2月、妊婦は主治医と相談し、ジカウイルス感染症の流行地へ渡航することを延期すべきであると発表しました。同時に流行地への全ての渡航者に防蚊対策をしっかり行うことを呼びかけました。
我が国の国立感染症研究所も、「可能な限り妊婦の流行地への渡航は控えた方が良いと考える」という見解を発表しています。
性行為感染の予防については、特に、流行地から帰国した男性で妊娠中のパートナーがいる場合は、パートナーの妊娠期間中は、症状の有無に関わらず、 性行為を行う場合はコンドームを使用することが推奨されています。
参考:
厚生労働省ジカウイルス感染症に関するQ&Aについて
なお、蚊の写真は武田薬品「蚊が媒介する世界の主な感染症」リーフレットから転載させていただきました。厚く御礼申し上げます。