2018-19年の風疹流行と風しん第5期予防接種事業について

1.2018-2019年の風疹流行の経過

 風疹の流行が止まりません。国立感染症研究所感染症疫学センターの「風疹流行に関する緊急情報:2019年3月27日現在」によれば、2019年第1週から第12週までの風疹累積患者総数は1033人と、ついに1000人を突破し、2013年の大流行以降、2018年を上回る勢いで増加し続けています。

2.なぜ、風疹・麻疹の流行が繰り返されるのか

 なぜ、これほどまでに風疹、そして麻疹の流行が繰り返されるのでしょうか。(麻疹にいたっては、昨2018年に2回、春と冬に沖縄と三重・大阪で流行したことは記憶に新しいところです。)

 たびたび指摘されているように、麻疹、風疹ワクチンを接種する機会のなかった30~50代の成人が、麻疹、風疹に免疫(抗体)を持たずに成長し、つねに麻疹、風疹の流行の増幅器になっているのです。また、一定数ワクチン接種を受けていない感受性者が存在しているからです。
 
 麻疹・風疹対策のただ一つの確実で効果的な方法は、すべての感受性者(麻疹、風疹に免疫を持たず、感染し発病のリスクのある人)にMRワクチンを接種することです。
麻疹、風疹流行に対しては、MRワクチンを2回接種することで、ほぼ100%を感染を防げるのです。

 風疹、麻疹の度重なる流行の繰り返しに、危機感を持った厚労省の役人もついに重い腰を上げて、30~50代の成人男性に対する風疹対策に本格的に取り組むことが報道されました(→マスコミ報道はこちら)。そのため、いよいよ風疹感受性者が減少し、風疹が制圧される日も近いと大いに期待されたのです。

3.風疹流行に対する厚労省の対策 風しん第5期予防接種の概要

 2019年3月26日、荏原医師会館で品川区保健予防課による「風しん第5期予防接種(定期接種)」事業の説明会がありました。そこで、明らかにされた30~50代の成人男性に対する風疹追加対策は驚くべき内容でした。

 会場で明らかにされた、「風しん抗体検査および風しん第5期定期接種」事業の内容は以下の通りです。

1.この事業(風疹ワクチン接種を受ける)対象者は、昭和37年(1962年)4月2日から昭和54年(1979年)4月1日生まれ男性(2019年現在、39歳~56歳)とする。

2.実施期間は、2019年4月から2022年の3月までの3年間とする。

3.この事業の目標は、 ① 2020 年7月までに、対象世代の男性の抗体保有率を 85%以上に引き上げる。② 2021 年度末までに、対象世代の男性の抗体保有率を 90%以上に引き上げること。
 この目標達成のために、①2020 年7月までに抗体検査実施約 480 万人・定期接種実施約 100 万人、②2021 年度末までに抗体検査実施約 920 万人・定期接種実施約 190 万人を行うことを見込み、事業を進める。

4.昭和 37 年(1962年)4月2日から昭和 54 年(1979年)4月1日までの間に生まれた男性(2019年現在、39歳~56歳)は、 約 80%の者が風疹抗体を保有しているので、
ワクチンを効率的に活用するため、対象者はまず風しんの抗体検査を受け、抗体の低い人だけに風しんワクチンを無料で接種する。

5.対象者には、3年かけてクーポン券を順次送付し、
クーポン券を持つ人のみを抗体検査の対象とする。

6.抗体判定の基準は、今まで妊娠を望む女性に行ってきた先天性風しん対策事業の抗体判定値よりも厳しい基準を定める。

7.実施医療機関は、通常の予防接種の請求と異なり、この事業では保険請求に準じた特別な請求を行わなければならない。
 すなわち、請求総括表を作成し、医療機関自身でコピーを取り、患者から提出されたクーポン券を張り付けて、抗体検査受診票、第5期定期接種予診票を市区町村ごとに分け、市区町村ごとに検査数、接種数を記入した請求総括表(小計)を作成し、さらに医療機関の総計を記入した請求総括表(総計)を作成し、翌月10日までに専用封筒に入れて直接国民健康保険連合会に請求しなければならない。

4.なぜ、風しん第5期予防接種が不完全なのか

 この計画を立案した厚労省の担当者は、この計画で本当に30~50歳台の方の何人が進んで風疹抗体検査を行い、風疹含有ワクチンの接種を受けるか、考えたことがあるのでしょうか。また、通常の請求と異なり、これだけ煩雑で労力のいる請求方法をとることで、どれだけ医療機関に負担を強いるか、考えたことがあるのでしょうか。

 おそらく風しん第5期は惨々たる結果に終わると予想されますが、この計画の決定的な欠点は、接種を受ける対象者や実施医療機関がワクチンを受けやすくなるような配慮がまったく行われていないことです。むしろ、わざと障壁を作っているとしか、思えません。

 新対策では、1962年4月2日~79年4月1日に生まれた男性の予防接種を、2022年3月末まで法的な定期接種に位置づけ、原則無料とする。ワクチンの不足を防ぐため 対象者にはまず抗体検査を求め、この費用も原則無料とする。「風疹予防接種3年無料に 抗体検査も」39~56歳男性 2018/12/11 11:13日経新聞電子版

 すなわち、厚労省の役人にとって、ワクチンが不足し、ワクチン行政の責任を追求される事態だけはなんとしても避けたい。そのため、このような間違っても成人男性がワクチンを受けに殺到することのない、煩雑な制度設計を行ったとしか考えられません。

 実は厚労省が抗体レベルを上げるために追加接種を行った事例は過去にあるのです。MRワクチン3期、4期の実施です。(それで今回は、風しん
5期と称されているのです。)

●制度の紹介

 一般に子どもが多くかかる病気として知られている麻しん(はしか)ですが、昨年(平成19年)、10代及び20代の年齢層を中心とした流行がありました。今年(平成20年)も同年代を中心とした流行が始まっています。麻しんの発症を確実に防ぐためには、2回の予防接種が必要とされていますが、流行の中心となった世代の方々は幼少期に1回しか予防接種の接種機会がありませんでした。受けそびれていた人も多くいます。今後、麻しんの発生と流行を防ぎ、麻しんにかかる方の数を限りなく抑えるため、中学1年生・高校3年生に相当する年齢の方を対象に法律に基づいた予防接種を行うものです。
     ○平成20年4月1日から中学1年生・高校3年生に相当する年齢の方を対象に麻しん(はしか)の予防接種が始まりました。5年間実施されます。(厚労省HPより)

 この中学1年生、高校3年生は今回の風しん追加接種の対象の成人よりも麻疹の抗体保有率が高かったにもかかわらず、抗体検査などという前提条件は設けられませんでした。

 また、当クリニックが調べた範囲でも、世界保健機関(WHO) と汎アメリカ保健機関 (PAHO) のラテンアメリカにおける精力的な風疹対策(15年で風疹を根絶した)を始めとして、先天性風疹症候群対策で風しん含有ワクチンを接種する前に抗体検査を行うなどという事例は見いだせませんでした。したがって、今回の風しん5期と称する、先天性風疹症候群対策は世界の風疹対策から見ると、極めて珍奇な施策ということになります。

 そもそも、国には2012年から2013年に風疹が大流行し、45人の先天性風疹症候群の赤ちゃんが生まれた教訓から、2020年度末までに風疹を排除し、先天性風疹症候群の防止を目標にした、「風しんに関する特定感染症予防指針」(2014年3月28日告示、同年4月1日から適用)があったはずです。

 この予防指針の
五 その他必要な措置8.には、
国は、平成二十五年の風しん流行時に風しん含有ワクチンや検査キットの確保が困難となった事例に鑑み、定期の予防接種に必要となる風しん含有ワクチン及び試薬類の生産について、製造販売業者と引き続き連携を図るものとする。また、ワクチンの流通についても、日本医師会、卸売販売業者及び地方公共団体の間の連携を促進するものとする。なお、風しんの予防接種に用いるワクチンは、原則として、麻しん風しん混合(MR)ワクチンを用いるものとする。
 と書かれているのです。
 この指針が適用されて5年も経つのに、未だにワクチン不足のため十分な施策がとれないとすると、いったい彼ら厚労省の役人は何をしていたのでしょうか。

 昨年11月30日開かれた第27回厚生科学審議会感染症部会の議事録をみても、


 抗体検査を行って接種を行う方針について、ワクチンドーズを減らすために必要不可欠なものかもしれません。しかし、これについては、岡部委員もおっしゃっていたように、接種動向に結びつけることが非常に難しくて、職域の方々に対して、これをしっかりやっていく事が重要です。
 予防接種施策が決まったけれども、結局、抗体検査まではいっても、接種はできていないという状況は、高い確率で起こるのではないかということは、私の懸念です。(大阪大学微生物研究所感染症国際研究センター 大石和徳委員)

という意見も出ているのです。

5.風疹を根絶するために必要な対策

 それでは、どのような施策をとれば、ラテンアメリカのように本当に風疹を根絶できるのでしょうか。当クリニックは以下のような施策が必要と考えます。

①風疹感受性者すべてにワクチンを
 30~50歳代といわず、性別を問わず、すべてのワクチン接種を希望する成人に、抗体検査などは行わず、無料でワクチンを接種すべきです。とりわけ、39歳から56歳男性は全国で1610万人、品川区では約56400人が対象になります。この人達を、MR3期、4期、成人用肺炎球菌ワクチンPCVと同じ方式で、5年かけて順次接種していけばよいと考えます。

 抗体検査など全く必要ありません。なぜならば、抗体検査を前提とした風疹対策など世界中どこにもなかったし、抗体保有者にとってワクチンを接種することは抗体をあげる働きが期待できて、むしろ免疫が強化されるので好ましいと今まで説明してきたのではなかったでしょうか。


②MMRワクチンの緊急輸入を

 成人男性に大規模なMRワクチン接種を行えば、小児の1期、2期のMRワクチンが足りなくなるリスクがあるという指摘は残念ながら、今の我が国の貧弱なワクチン供給能力からすれば、もっともな心配かもしれません。(なぜ指針発表以来、5年間も無策でここまで来たのか、それも問題ですが。)
 それならば、成人には世界で広く使用されている、MMRワクチンを輸入して接種すべきだと考えます。(我が国のみで使用されているMRワクチンなどより、世界中で使用されているため、より一般的で評価の高いワクチンです)

 外国からの輸入ワクチンの提案に驚かれることはありません。我が国における野生ポリオの大流行を制圧した1961年の旧ソ連、カナダからのポリオワクチン緊急輸入の後でも、実は2010年の新型インフルエンザ騒動の時も特例承認され、外国産のワクチンは輸入され使用されてきたのです(新型インフルエンザワクチンQ&A)。

 外国製ワクチンを輸入することは、決して特別なことではありません。そもそも定期接種で使用している、イモバックス、ヒブ、プレベナー、サーバリックス、ガーダシルや任意接種で使われているロタリックス、ロタテックも外国産のワクチンです。

 むしろ、MMRワクチンは世界中で使用されているグローバルスタンダードなワクチンで、大量に生産されているため輸入量に制限がないこと、麻疹、風疹、おたふくかぜの免疫を同時に獲得できること、安価なこと、子どものMRワクチン供給に影響しないことなど、利点が多いワクチンと考えます。
 ぜひ検討すべきと考えますが、保身しか考えていない、今の厚労省の役人の裁量では難しいのが現実だと思います。


③本気の風疹撲滅の対策は、ワクチン接種

 要するに、本気で風疹を制圧しようと思ったら、今のようなお茶を濁す姑息な施策ではなく、国の総力を挙げた新型インフルエンザ対策のような体制で取り組まなければなりません。逆に、そこまで徹底的な施策が取られることがなければ、風疹を根絶することはできないでしょう。

 大切なことは、いくら採血、抗体検査、結果説明を行っても、風疹の感受性者は一人も減らないという事実です。ワクチンを受けてもらって、始めてこの事業の成果になるのです。ワクチンを受けてもらえなければ、抗体検査は多大な労力と税金を垂れ流す、全くの無駄な事業となってしまいます。今、厚労省の動きをみると、彼らの主眼は抗体検査であり、ワクチン接種は二の次となっています。

 それは、例えば3月26日に医師会の説明会で配布された、「風しんの第5期の定期接種予診票」をみても、抗体検査の有無が予診項目にありません(医師記入欄のみにあります)。
 また、接種部位の記載場所がありません。輸血、ガンマグロブリンを問う質問もありません。高齢者インフルエンザ予診票をもとに作られているようで、予診項目は少なく、しかも最初の予診項目が、よりによってクーポン券についてです。

 どうも厚労省のお役人にとっては、風疹を制圧するために、感受性者の成人男性にいかにワクチンを接種するかという課題より、クーポン券をいかに緻密に配るかという事業に全精力が注がれているようです。本末転倒で、情けない限りです。



記 それでも先天性風疹症候群の赤ちゃんをひとりでも減らすため、当クリニックは小児科医療機関の責務として、風しん第5期接種に全力で取り組むつもりです。

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