1.感染性胃腸炎(総論)
●感染性胃腸炎について
感染性胃腸炎(Infectious gastroenteritis )とは、「多様な病原微生物による胃腸炎を総称した症候群であり、ウイルスまたは細菌による感染性胃腸炎を全て含んだ概念」、と定義されています。
厚労省の定義では、「細菌またはウイルスなどの感染性病原体による嘔吐、下痢を主症状とする感染症である。原因はウイルス感染(ロタウイルス、ノロウイルスなど)が多く、毎年秋から冬にかけて流行する。また、エンテロウイルス、アデノウイルスによるものや、細菌性のものもみられる。」
また、その症状は、「乳幼児に好発し、1歳以下の乳児は症状の進行が早い。
主症状は嘔吐と下痢であり、種々の程度の脱水、電解質喪失症状、全身症状が加わる。嘔吐又は下痢のみの場合や、嘔吐の後に下痢がみられる場合と様々で、症状の程度にも個人差がある。
37~38℃の発熱がみられることもある。年長児では吐き気や腹痛がしばしばみられる。」(厚労省HP 28.感染性胃腸炎)
したがって、「感染性胃腸炎」とは、ロタウイルス、ノロウイルス、腸管アデノウイルス(アデノウィルスのうち、40,41型の血清型をこう呼びます)、アストロウィルスなどの胃腸炎を起すウイルス、腸管出血性大腸菌などの腸炎を起す細菌などによる胃腸炎の総称をいいます。
以下、それぞれの胃腸炎について、ご説明します。
2.ロタウイルス胃腸炎
●感染経路
潜伏期は1~3日です。
感染経路は、ウイルスの含まれた糞便をさわった手からうつる経口感染(糞口感染)と、接触感染、飛沫感染です。
感染力はきわめて強力で、患者の便には大量のウイルスが含まれていますが、10~100個の極少数のウイルス量でも発病してしまいます。
●症状
ロタウィルス胃腸炎の症状は、突然の嘔吐で始まります。
嘔吐は最初の1~2日はかなり激しく、数十回にもおよび、全く物をうけつけません。
嘔吐は2~3日でようやく落ち着きますが、今度は下痢が嘔吐にやや遅れて出現し、最初は軟便が1日数回ぐらいですが、1~2日の経過で数十回に悪化し、便の色も白色からクリーム色のシャーシャーの水様便になります。
約1/3に米のとぎ汁のような白色便(下写真。当クリニック例)がみられます。
熱は38℃から39℃ぐらいまで上がることが多い(70~80%)ですが、微熱で終わることもあります。
せき、鼻汁などのかぜ症状を伴なうこともあります。
最初の2~3日が症状のピークで、激しい下痢、嘔吐による重症の脱水症のため、外来で輸液をしたり、時には入院加療が必要になる場合もあります。その後、便の状態は次第に改善し、回数もだんだん減り、7~8日で回復します。
下痢がひどく、腸の粘膜が傷害されると、腸の粘膜から分泌される乳糖を分解する酵素が出にくくなり、糖分を吸収できなくなることがあります(続発性乳糖不耐症)。
そのため、普通のミルクを飲ませていると、下痢が長引くことがあります。
●合併症
合併症としては、激しい下痢のため、重症の脱水となり、ショックを起こし、命が危険になることがあります。
従来、入院を要した5歳未満の急性胃腸炎の半数近くがロタウイルス胃腸炎だったと報告されています。特に4か月から2歳の赤ちゃんが重度の脱水症になりやすく、要注意です。
その他、無熱性けいれん、肝機能障害、腎不全を併発することもあります。
ロタウイルス胃腸炎に合併した、ロタウイルス脳症によるけいれんは、治療してもなかなかよくならず、38%に後遺症を残すといわれています。(国立感染症研究所:ロタウイルス感染性胃腸炎とは)
●診断
ロタウイルス胃腸炎は症状、便の性状、流行状況から、診断は比較的容易です。しかし、ノロウィルス胃腸炎などでも、白色便がみられることがあります
また、便中のロタウイルス抗原を調べる迅速検査キットを使用すると、5分で診断が可能です。(右写真。当クリニック例)
●治療
治療は、脱水に陥らないよう、十分な水分補給をこころがけます。
嘔吐に対しては、吐き気止めの坐薬(ナウゼリン坐剤)を使用します。下痢に対しては、整腸剤(乳酸菌、酪酸菌製剤など)を投与します。下痢止めは腸の動きを抑えるため、ロペミン(ロぺラミド)は使用できません。
続発性の乳糖不耐症が疑われるときは、乳糖分解酵素(ミルラクト)をミルクに混ぜたり、乳糖の入っていないミルク(ラクトレスミルク、ボンラクト)を飲ませると、便の状態が改善することがあります。
水分とイオン(電解質)の補給のために、経口輸液製剤として、ソリタT2顆粒を処方することもあります。OS1やアクアライトORSなどの経口補水液もお勧めです。
大人用のイオン飲料(ポカリスエットなど)は、電解質は少なく、糖分が多いので、ロタウィルス胃腸炎の治療には不適です。
2020年10月から、ロタウイルスワクチンが定期接種となりました。このワクチンは重症ロタウイルスの92%、ロタウイルス胃腸炎全体の79%を抑えるといわれています。
ロタウイルスワクチンは、ロタリックス、ロタテックの2種類があります。
定期接種として、ロタウイルスワクチンが使用されるようになって、ロタウィルス胃腸炎は激減しました。
●登校・登園の目安
登校・園基準は、「嘔吐、下痢等の症状が治まり、普段の食事がとれること」(保育所における感染症対策ガイドライン)とされています。
しかし、ロタウイルスは下痢症状が出る直前から下痢症状がおさまって2日後ぐらい(約8日間)まで、便中に大量に排出されるといわれます。
したがって、ロタウイルス感染症のお子さまのお世話をする時は、排便の後始末、オムツを触った後は、必ず十分な手洗いと消毒が必要です。オムツもすぐ処分しましょう。
3.ノロウイルス胃腸炎
ノロウイルスは、以前は電子顕微鏡で見た形から、小型球形ウイルス(SRSV=small round-structured virus)と呼ばれていました(カリシウィルスという仲間に属します)。
冬場に乳幼児が感染し、激しい水様便と嘔吐を繰り返す、冬季乳児下痢症の代表の一つで、11月から12月はノロウィルス、1~2月はロタウイルスが多いといわれてきました。しかし、ロタウィルス胃腸炎はロタウイルスワクチンの効果でほとんど姿を消し、現在冬季乳児下痢症はノロウイルスが主な病原体となりました。
また、感染力が強く、食品を介して感染が広がるため、食中毒の病原体にも指定されています。
ノロウイルスは、食中毒の原因微生物として、年間患者数が最も多く報告されています。
●ノロウイルス胃腸炎の感染経路
潜伏期は1~3日です。
感染経路は、ウイルスの含まれた糞便をさわった手からうつる経口感染や接触感染、汚染された水や食品を介した経口感染、乾いた吐物を吸い込んで移る空気感染です。
再感染を起こし、年長児や大人でも発病します。お年寄りや小さな赤ちゃんでは、重症になるため、要注意です。
●ノロウィルス胃腸炎の症状
症状は、突然の嘔吐で始まります。嘔吐は最初の日はかなり激しく、数十回におよびますが、ロタウイルスよりは軽く、1日ぐらいでおさまります。
一方、下痢は腹痛を伴ない、シャーシャーの水様便になりますが、やはり2~3日で軽快します。
熱は38℃ぐらいの微熱が出ることもあります。軽症例が多いのが、ノロウイルス胃腸炎の特徴です
●食中毒としてのノロウィルス
ノロウィルスは食中毒の病原体に指定されています。
ノロウィルスはヒトの体外でも安定で、感染者の糞便で汚染された飲料水、貝(貝は水中に拡散したノロウィルスを体内に高濃度に蓄積するといわれます)を口にすると発病します。
特に生がきや加熱が不充分な貝類から、食中毒がよく報告されています。症状は、嘔吐、下痢、腹痛です。
感染者の吐物や便中には、1gあたり100万から10億個のノロウイルスが含まれています。しかし、このうちたった100個が体内に入るだけで発病します。
●ノロウイルス胃腸炎の診断
ノロウイルス胃腸炎は症状、便の性状、流行状況から、診断は比較的容易です。
また、感染すると重症になりやすい3歳未満、65歳以上の人には、迅速検査が保険診療として行うことができます。
便中のノロウイルス抗原を調べる迅速検査キット(右写真。自験例)を使用すると15分で診断が可能です。
ただし、他の年齢の人には保険診療で検査ができません。また、診断しても特別な治療法があるわけでもなく、小児科の外来では診断の価値は低いです。
●ノロウイルス胃腸炎の治療
治療は、脱水に陥らないよう、十分な水分補給をこころがけます。(嘔吐・下痢のホームケアについては、嘔吐・下痢の時にを参照なさって下さい)
嘔吐に対しては、吐き気止めの坐薬(ナウゼリン坐剤)を処方します。
下痢に対しては、整腸剤(乳酸菌、酪酸菌製剤)を服用して経過をみます。ロペミン(ロぺラミド)はロタウィルス胃腸炎と同様、使用してはいけません。
また、水分とイオン(電解質)の補給のために、経口輸液製剤として、ソリタT2顆粒を処方することもあります。経口補水液(OS1、アクアライトORSなど)も勧められます。
大人用のイオン飲料(ポカリスエットなど)は、電解質は少なく糖分が多いため、冬季乳児下痢症の治療には不適です。
また、貝類はよく加熱してから、食べることをお勧めします。
●登校・登園基準
登校・園基準は、「嘔吐、下痢等の症状が治まり、普段の食事がとれること」(保育所における感染症対策ガイドライン)とされています。
しかし、ノロウイルス胃腸炎は冬場に保育園などで集団発生する例が珍しくありません。これは、吐物、下痢便のウイルス量が極少量でも感染が成立するからです。
ノロウイルスは下痢症状がおさまった後も、7日~14日以上は便中に排泄されるため、トイレ(オムツ替え)の前後、食事、調理の前には必ず石鹸で手をよく洗いましょう。
また、大人にも感染するため(大人は腹痛、下痢が多い)、お腹の調子が悪い大人が食事を作ることは好ましくありません(食中毒の原因になります)。
調理の仕事についている人では、感染の有無を調べるノロウイルスの迅速検査も受けることも可能です。
4.ヘルペス性歯肉口内炎
ヘルペス性歯肉口内炎は、単純ヘルペスウィルスⅠ型の初感染で起こる病気です。
1~4歳の乳幼児に多くみられ、口内、歯ぐきや口唇周囲に強い痛みを伴う、小水疱が出現します。
●ヘルペス性歯肉口内炎の症状
潜伏期間は、通常2~7日です。
症状は突然40℃近くの高熱で発病し、よだれがひどく、食事がとれなくなります。夜泣きもひどく、赤ちゃんは一日中不機嫌になります。
歯ぐきは赤く腫れあがり、さわると出血します。口内にもアフタが点々とみられます。唇の周りにもたくさんの水疱ができることがあります(右写真。当クリニック例)。
高熱が5日から1週間続き、食事が取れず、赤ちゃんは大変苦しみます。これが初感染の時の症状です。
2度目以降の感染は「口唇ヘルペス」と呼ばれ、かぜの回復期や疲れ、ストレスなどにより、唇周囲に小水疱が出現する程度です。
症状は初感染に比べ、はるかに軽いです。
●ヘルペス性歯肉口内炎の治療
通常は痛み止めとして、アセトアミノフェンを服用したり、口内炎用の軟膏を塗って様子をみます。
症状が重い場合は、抗ヘルペスウィルス剤(アシクロビル=ゾビラックス、バラシクロビル=バルトレックス)を投与します。
水分も取れず、高熱が続き脱水に陥っている時は、輸液を行ないます。
食事は酸味のあるもの、脂っこいものは避け、のどごしのよいものを少しずつ与えます。脱水を予防するために、経口補水液などを少量、頻回にとらせます。
●登校・登園基準
登校・登園基準としては、熱が下がり、口内炎や唇周囲の水疱が消失すれば登校・登園は可能です。
ただし、合併症がみられることもあるので、高熱、けいれん、意識障害には注意しなければなりません。